作品の賞味期限
横永
PEELERでライターをしています横永匡史と申します。一回5年前にインタビューをして、今回また5年ぶりにインタビューさせてもらうわけなんですけれども、まず、最初の作品である「スピンクロコダイル」ですが、実際に作っていたのは、90年代ですか。
タムラ
緑色のワニの作品っていうのが、93年、大学3年のときの、電気を使った芸術装置を作りなさい、っていう課題で作った課題です。で、それを今でも使ってます。
横永
そうですね。その辺の流れっていうのは、5年前のインタビューのときにも伺っていて、最初の頃はワニばっかり作ってたということですが、最後に作ったのは何年くらい前ですか。
タムラ
98年です。
横永
まあ十何年も作ってないけれども、展示はずっとしている、ということで、展示をする上での賞味期限というか、1回作ったものは展示を続けるんでしょうか。
タムラ
呼ばれればやる。呼ばれて自分が納得できればやるけど、呼ばれなかったらできないもんね。
横永
作家さんの中には、自分が作ったものでも、後になって「こんなのは出したくない」とか言う人もいると思うんですけども、そういうのはほとんどないんですか。
タムラ
ない。まあ納得してるから作ったんだろうね。もしオファーがあって、納得してこういう展示ができるっていうのがあれば、もちろん来年も出すこともあるだろうし、あとは、作品が物的に壊れなければ出してると思います。だから賞味期限ってのは、僕に関してはないかもしれない。
横永
出す場所とか展示のコンセプトとかが合えばってことでしょうか。
タムラ
出す方がそういう部分を納得してくれてれば。あと、作品の意図っていうのをわかってくれてれば、全然いいですよ。
ギャラリーがつくことによる変化
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タムラサトル「POINT OF CONTACT−接点−」Takuro Someya Contemporary Art(千葉県柏市) 2007年4月21日〜5月27日 |
横永
では、次の質問に移りたいと思います。Takuro Someya Contemporary Artっていうギャラリーがついてる、ということですけれども、これはいつ頃の話ですか。
タムラ
2007年に展覧会をやったってことは、2006年くらいには話はついてたと思う。
横永
で、実際にそうやってギャラリーがついた後でいろいろ展示をされて、そこからまた活動の幅が広がったのかな、というのを感じますけれども、タムラさんはそういう実感はありますか?
タムラ
この頃は、現在の場所(註:東京の築地)ではなくて柏にあった時なんだよね。最初はそういうお話をもらったときに、どうしようかなって思ってたんだけど、柏に行って場所を見たときに、この場所で展示できるならいいやって思ったんですよね。それくらいパワーのある場所で、ここで展覧会をやって資料ができたおかげで、次の仕事につながってるっていうのも多いんで、そういう意味で、ここでやった展覧会っていうのは、自分にとっていろんなチャンスをもらえるきっかけになりました。
横永
あとは、実際の作品制作の上で変化とかはありましたか。
タムラ
まあよく言われることですけれども、売れるようなものを作ってくれって言われて、ちっちゃいものを作るようになります。それまでは、ちっちゃいものって自分のセンスじゃないかなーって思って作んなかったけど、あえて作ることで、そういう技術は身についたかもしれない、と思います。
横永
作品としては、接点シリーズのちっちゃいやつとかですか。
タムラ
そうそう。ここでの展覧会自体も、もろ「POINT OF CONTACT」っていうタイトルの展覧会だったんだけども、場所に合わせて作品をちゃんとインストールして、自分の中でもかなり完成度の高い展覧会だったと思います。
転機になった展覧会・作品
タムラサトル個展「10の白熱灯と7本の蛍光灯のための接点」out-lounge 2005年9月24日〜10月1日
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横永
で、今の話の流れになるんですけども、その他で何か転機になったとか活動が広がったとかっていうような、展覧会とか作品とかがあれば教えてください。
タムラ
いっぱいある。まず、初めて接点の作品を出したout-loungeでの個展ですね。out-loungeは、もう今はないんですけど。ここで展示した作品は、パンタグラフの形をしていて、パンタグラフが、風で押されて倒れると、全部電気が切れて、風が止まるとパンタグラフが戻って・・・。
横永
で、火花がボーンって上がる作品ですよね。
タムラ
これが接点のシリーズを始めるきっかけだったんですけど、これ自体は、ギャラリーのオーナーの田上さんって人に、何でもいいから新しいのやれって言われて、会期前の2週間であるものだけで作った大学の課題みたいな作品なんです。僕は、比較的そういう外的要因で作ることが多くて、そういうときに、無理して「えい!」て頑張るんだよね。
横永
外圧がかかると・・・ですか?
タムラ
だってそうでしょ?自分でやるのって難しくないですか?
横永
ああ〜、そうですね〜。
タムラ
で、その前の重さの作品(註:Weight Sculpturesシリーズのこと)を作るきっかけになったのが、2003年に阪神が18年ぶりに優勝して、阪神ファンの新川貴詩さんというキュレーターの方が企画した「ARTはTRA」って展覧会なんですよ。
(場内爆笑)
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《7kg TIGER》 |
《100kg Man》
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藤田
「ARTはTRA」の場所は、横浜のBIG ARTですね。
タムラ
そのときに《7kg Tiger》っていう作品を作ったんですね。ヤフオクで買った虎の彫刻の肩とか腰に段差をつけて、重さを示す分銅を載せてるんですね。で、ぴったり7kgになるっていう作品なんですけど、これをきっかけに、本格的に重さの作品がはじまったんです。その前に、ちょっと年代が古いところで、2002年に《5kg Hawk》っていう作品もあるんですけど、この時には単発で終わって、その分銅を載せるってシリーズが始まった時に、爆発的に増えたんです。
藤田
《100kg Man》はどういうきっかけで作ったんですか?
タムラ
重さの作品が増えていく中で、モチーフ自体は何でも作ることができるし、結局このシリーズはいつまでやっても終わりがないってことに気づいたんですね。で、自分がその世界に入ることを決意して《100kg Man》を作ったんですね。で、僕の場合は、地方でやる展覧会っていうのはシリーズごとにいろいろあって、今やってる作品(註:《Catch and Release》)に関しては、鶴岡アートフォーラムの「ぐるぐるボカン」で展示することがきっかけになったんですけども、それは、鶴岡のお殿様がかつて武士のたしなみとして釣りを奨励していたっていうのがあって、「ぜひそれはやってください」って会場側から要請があって。まあ昔からこのプランはあったんですけど、ここでやるしかない、ということで、作ったんですよね。だから僕の場合は、自分から出てくるというよりも、外からこう、会場側からの要請とか、そういう方が多いのかも知れない。
ワークショップの位置づけ
横永
続いてですね、特に最近はワークショップをやることが多いと思うんですけれども、タムラさんにとって、ワークショップっていうのをどういうふうに位置づけていますか。
タムラ
簡単に言うと、作品のプレゼンテーションになればいいな、ということですけれども、無理してやる必要はないな、とも思うんです。ワークショップは、自分の作品の理解の手助けになればいいな、と思っていて、見せ場ってのはやっぱ展覧会かな、と思うんですね。
横永
まずは展示が主で、ワークショップが手助けっていうか・・・。
タムラ
理解の手助けになる、補助的なものだとは思います。ただ、ワークショップが作品化してくれば別なんだけど、今のところ僕の作品っていうのは、全部理解の手助けをするためのもので、それだけで作品になるかっていうと、それだけだとちょっと誤解を招くような気はします。
横永
特にここ最近、LEGOブロックを使ったワークショップっていうのが多いと思うんですけれども、LEGOブロックを使おうと思ったのは、どういったきっかけだったんですか?
タムラ
きっかけは、2008年にさいたま市のプラザノースでワークショップをやるときに、刃物を使わない、汚れない、持って帰れる、見栄えがいいっていろいろ条件があって、いろんなプランを出してった中で、これが残ったんですよ。で、そういういろいろな条件をクリアしたがために、他のところでも使いたがるっていうことなんだよ。
今、僕ははかりを全部で20個持ってるし、LEGOもやっぱり10kgくらい持ってるんですけれども、そういうのがセットになると、あちこちを回りやすい。
横永
って言われて、いろんなところでやる、と。
タムラ
というのが多いですね。だからまあ、これが呼ばれるっていうのは、そういうハードルをクリアしているからなんだと思うんですよ。
横永
で、場所によっては、展示をやって、関連イベントとしてワークショップもやるっていうのと、ワークショップだけっていうところもありますよね。例えばワークショップだけ行ってやるっていうところは、そこで将来の展示につながればな、とかっていうのが・・・。
タムラ
もちろんそういう気持ちはある。それだけで終わるのは寂しいなと思いますね。
横永
今後の展示につなげるためのステップとしてっていう・・・。
タムラ
それは常に考えてる。
今後やりたいテーマ
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《小山マシーン》 |
横永
ここのところ、釣りとか、新しいテーマがいろいろ出てきてると思うんですけれども、今後こんなのやりたいな、というのを、この時点で話せるものがあれば教えてください。
タムラ
次にやろうと思っているのは、自ら名乗る彫刻シリーズです。
《小山マシーン》って作品がありまして、機械が「小山」って形で動いているんですね。ちょっと見てもらうとわかるんですけど・・・。
(《小山マシーン》の映像を上映)
(場内から歓声があがる)
《小山マシーン》
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タムラ
で、これ自体は、まあ何もしない機械。自ら「小山」って形作ってるから、説明はないんです。
(場内笑)
タムラ
これは極端な話、何でもできちゃうんですよね。だから飽きるまでやってみようかと思ってるんですけど。
(場内笑)
タムラ
基本的に日本マシーンと宇宙マシーンはやっとこうかな、と思うんですけど、どこでもできるんで。あとまあ、美術館で美術館マシン。
横永
おお〜。
タムラ
これ、映像だけで見ると比較的さらっと見えるけど、現場にいるとこう、油の臭いとグリスの音が比較的耳につくというか・・・。
横永
クチュクチュっていう音がしますよね。
(映像が《食器の音を立てる》に切り替わる)
藤田
これは静岡市民文化会館で行った時の作品です。
タムラ
ちょうど平たいところにバイブレーションモーターってのが付いていて、それが食器を震わしてるんですね。これは、いずれこう10人分くらいの食器で、フルコースっぽい感じのものを一気に震わしてみたいな、と思ってるんですけどね。
(映像が「Weight Sculpture」シリーズの映像に変わる)
横永
これは重さのシリーズですね。これはどこの展示ですか。
タムラ
これは、小山の車屋美術館です。これは、会場に合わせて展示台を作ってるんですよね。展示の台を作るのは大変でしたね。
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Weight Sculptureシリーズ(「小山マシーン-タムラサトル展」展示風景) |
藤田
で、今後、小山マシーンの続編をつくる、と。
タムラ
今のところ考えてるのは、そう。それ以外にもまあいくつか考えてるんですけど、今のところ言えるのはそれぐらいです。
アイデアの“芽”
横永
新しい切り口の作品っていうのがここに来て出てきてますけれども、そういったアイデアの芽っていうのは前からあったんですか。それとも、オファーがあってから初めて出てくるんですか。
タムラ
最近作った釣りの作品と、皿の作品の2つに関して言うと、それぞれあてはまってて、皿の方は、皿が来てから考えたんです。
横永
ほうほう。
タムラ
で、釣りの方は、もう10年位前からあったかもしれない。やるチャンスをうかがってて、会場との関係で鶴岡で展示をやるって決めたときに、釣りの作品はやろうって腹決めて、やることになったんです。
横永
ああ、鶴岡ってなったときに、「キター!」って感じだったんですね。
タムラ
それを「こういうプランもあるんですよ」って言ったときに、「それはぜひウチでやってくれ」って言われれば、まあやろうと思うよね。そういうプランってのは、前からあるものもあるし、素材を見て初めて決めるときもあるし。
横永
でもまあ、そういうネタ帳みたいなものはあって、その中で使えるって思ったものは出すし、それ以外にも、そのとき見てたものから出てくるものもある、と。
タムラ
そうですね。最終的にはやっぱりこう・・・やる気なんだろうね。それをやろうと思うのって。アイデアを暖めといたものが本当に動くのには、お金も時間も労力もかかるんで、一歩踏み出す何かがあれば作れるものって、実はいっぱいあるんです。
横永
まあそうですね。今現在はまだ形にはなってないけど、そういうアイデアの芽っていうのは、まだまだ他にもある、ということですね。
タムラ
うん、あると思います。あると思いますけど、まだ言えないものも、後でなんか思い出したりものもあるし、今のところはこれくらいしか話せないけどね。
まあ何かオファーがあればっていうか、こういうことでどうかって言われれば、それを何とかしようと思うんだろうね。
周囲の環境の変化による影響
横永
ここ数年で、社会情勢とか周りの環境とかが大きく変わってる部分があると思うんです。そんな中でも、タムラさん自身のコンセプトである「意味の破壊」っていうのは、初期の頃からずっとブレないで続いてると思ってるんですけれども、例えば時代の変化とかで、変わっていく部分っていうのが、タムラさんの中にはありますか?
タムラ
まあ変わったことはないけど、それなりにこういろいろお話をいただけるようになって、僕にとっては役立ってる部分はあります。まあ微々たるもんではあるけれども、逆に社会情勢を自分で変えるぐらいのつもりでないとダメかな、なんて思っちゃったりするけれども。だから、こう社会が変わったら自分の作風を変えるとかっていうのは違うかな、という気がします。
横永
ああ、なるほど。時代が変わっても、自分は変えない、ということですね。
タムラ
どっちかというと、周りが合わせてくれるように、自分がふるまっていけばいいんじゃないかな。
横永
まあ、結構作家さんの中には、その時代時代によって、どんどん作風が変わってくる人もいると思うんですけど、タムラくんとしては、そこはもう変えずに・・・。
タムラ
そういうのが多分、ワニが今でも使われてる理由かも知れないです。
横永
過去の作品についても、自分の作品として位置づけているわけですよね。
タムラ
そりゃ、自分の作品には責任は持ちたいよね。みんなそう思ってるんじゃないのかなぁ。 |