絵画に対するリアリティ
藤田 あるんでしょうね。
原井 《棘》のシリーズは、絵を描けなくなったというか、絵具をぶちまけただけのような作品をつくっていた時期でした。 描いていても、リアリティを感じなくなったこともありました。
藤田 何に対してのリアリティですか?
原井 視覚的なものですね。 目が見えない人のことを想像したとき、空にある月、月のことを知識として存在することは理解できるけれど、実感することはできないですよね。 そんなことを考えていたら、「見る」ということだけのリアリティが欠けてしまい、作品を描けなくなりました。 だからこの作品のように、表面がザラザラしていたら、見ただけで触ったような感覚にもなるような絵画にリアリティを感じたんですね。 一時的に描けなくなったこともあったし、インスタレーションなど形態の違う作品を制作してみたり、それでもまた絵画を描くといったように、気持ちに変化も出て来て、環境が変わっていくと、絵も変わって行きたいと思うようになったんですよね。 絵の明暗と気持ちの明暗は同じではないですが、前とは違うということを表現したいとは考えています。 藤田 絵画にこだわる理由って何でしょうか。 原井 小さいころから絵が好きで、他のことにも手を出してみたけれど、絵に戻ってしまう。 それだけです、油絵は肌にあっているし、特別な理由はないですね。 どこから創作意欲が出て来るか分からないのですが、僕はある切迫感、緊張感がないと作品が完成しないんです。 藤田 どういう意味ですか? 原井 たとえば「この作品いいんだけど、半分くらいのサイズで欲しい」と言われたとします。 そのときは「そういうのが売れるんだ、いいですよ」と答えるのですが、結局、仕上がったことがないんです。 つくろうという気も起きないんです、いつでもいいという〆切がないせいかもしれません。 藤田 ゆがんでますね(笑)。 原井 えっ(笑)! 頼まれたときは応えようと思うのですが、手が動かない。 後から「断ればよかった」って、自己嫌悪に陥るんです。