toppeople[オル太インタビュー]
オル太インタビュー


毎月展示



「OLTA First Exhibition」(2009)


「+GIMMICK-」(2009)


「ヒーロー」(2009)


「オイリー・オル太 丸太プロジェクト」(09年8月web)


「人物展〜向こう見ずにはなれないから〜」(2009)

福田
最初が、ええと・・・何展でしたか?

リーダー・白菜金太郎
最初はええと「OLTA FIRST EXHIBITION」(09年5月・TURNER GALLERY・東京)。
福田
次が「ヒーロー」?

リーダー・白菜金太郎
次が「+GIMMICK-」(09年6月・TURNER GALLERY・東京)。
福田
で「ヒーロー」(09年7月・TURNER GALLERY・東京)で・・・、その次が・・・

リーダー・白菜金太郎
「オイリー・オル太 丸太プロジェクト」(09年8月web)

メープル
これはweb展示。で、まぁ内容としては丸太を担いでる様子を延々とビデオで撮影してその様子をwebで流すっていう展示で。そういう展示もあって、その次がなんだっけ・・・「人物展」か。

リーダー・白菜金太郎
「人物展」(09年9月〜10月・TURNER GALLERY・東京)

メープル
「人物展」っていう展示。
福田
ポートフォリオを拝見したんですけど、最初はわりと<グループ展>っぽい感じでやってて、観に行った「ヒーロー」展の時も<グループ展>っぽい感じ・・・各々が違う作品を持ち寄ってひとつの場所に展示するっていう感じだった気がするんですけど、「オル太の田」の空間のように、全員でひとつのなにがしかのモノを造ろう、構成しようっていう風になってきたのは・・・「オイリー・オル太 丸太プロジェクト」あたりからのような気がするのですが?

オル太一同
そうですね・・・。


福田
「オイリー・オル太 丸太プロジェクト」の次の「人物展」は絵画展でしたよね?その絵画も全員で一枚の絵を描くという感じだったと思うんですけど。

リーダー・白菜金太郎
「人物展」は、大きなターニングポイントでした。
福田:
「オイリー・オル太 丸太プロジェクト」はターニングポイントではなかったんですか?

メープル
丸太プロジェクトでは変えてみようという意識はあんまり無かったのかもしれないです。
僕は人物展の時、結構吹っ切れた感じで、やりたい事をすっとんだ感じでやろうと。
福田
「丸太」あたりからオル太はだんだん表層が『オル太の田』の様に、<日本>をすごく意識的に表層化するようになっていったと思うんですけど、多摩美でやった「はっけよい!オル太〜土俵の上の太いやつ〜」(09年11 月)あたりから、今回の「オル太の田」に到るまで、ちょっと「つきぬけた」という感じがしてて、こういう風にキャラクター設定みたいなのをし始めたりしたのは意識的なところだったんですか?
オル太を自己プロデュースするっていうところで、<こういうのがオル太だよ>っていうイメージの設定や、ちょっと土着的な要素を表層に出すようになったと思います。
それはどうしてそういう風になったんですか。

葱坊主
誰かが何かをを作ったら、それを良いなと思って、それが<オル太らしさ>と受け取って、どんどん膨らませていったり。それが多分僕だけじゃなくて、いろいろメンバー間で相互にあるから、どんどん広がって造られていくのかなぁ。
福田:
オル太の作品が、それぞれ担当がバラバラだけどひとつの空間の中で、ちゃんとまとまってるのは、相互に11人がなにがしかイメージを共有しているからですかね。

メープル
僕らはそのバラバラで、だけどまとまってるっていうのを造ろうって感じでこれを造ったわけではないかな。

リーダー・白菜金太郎
みんな自分がやりたい事じゃないと、やらない。みんなが面白いと思うし、自分も面白いと思うから、グループでやってる。
福田
それぞれがもともと自分の中にあったイメージがあって、その中で11人が一致する面白いものを形にしていくのか、それとも元々は自分の表現形式とは全く違うこういう田んぼ等のアイデアが、メンバーをキッカケにこういうイメージが入ってきて「あ、面白い」と気づくのですか?

ヤマトレンコン
後から・・・じゃないかな。


「はっけよいオル太〜土俵の上の太いヤツ〜」(2009)

「おまわりさんと仲良くなろうプロジェクト」(2009)
 
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