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藤田
面白い人生はさておき(笑)、作品の話を。
塗り!というような作品は、最初からなの?
木原
いえ、違います。
変わってきてました。
まず線が来て、線がつながって、線でトゲトゲしてるようなものを描いていました。
感覚が自立し始めたのかも知れません。
それからクレヨンや色鉛筆、油絵で塗るようになりました。
自分の中で表現したいものが具体的に見えてきて、距離が生まれて、徐々に変わって行きました。
「こういう風に変えていこう」というのはなくて、無意識と意識のままにやっていったら、今みたいになっていったんですね。
藤田
え?他人事のようだけど無意識なんですか?見た感じそんな風には、そんな変化も感じないけど。
木原
色で見てるからじゃないですかね?
藤田
そっか。
描いているものにシリーズとかありますよね。
木原
顔と動物とか好きですね。
藤田
どうやって描くの?
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木原
写真を見ながらです、図鑑の。
藤田
図鑑なんですか!
木原
はい、はじめはモチーフを見ないと描けないんです。
以前は、まずモチーフを決めて、白いキャンバスを目の前に置くでしょう?
描きたいモチーフの写真を置いて、キャンバスをじーっと見ていたら、パーンっと見えたとき、何かつかんだときに、筆を下ろす、そんな関係でした。
今はまた違っていますが。
藤田
それって「完成する」というときも、ここで筆を置こうというタイミングもパーンって来るの?
木原
はい、分かります。
それで描き終わったあとに完成して「うわあ、こんなのが出てきたんだ」って、自分でもびっくりするんですね。
自然の流れで、水を上から垂らしたら下に流れる、みたいな、そこから土にしみていろんな植物が生える、というような、そういう当たり前な自然で、作品のあとに私がついて行ってる感じです。 |
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藤田
東京はどう?
木原
今年三年目ですね。
なんでもそろってるし、いろいろ見られるから、当分東京に住みたいと思ってます。
藤田
どこか最近行ったりとか?
木原
四国に。
バイトに行こうと思って駅に行ったらそのまま行っちゃたんですけど。
でもお坊さんに出会って、東京に住んでいる尼さんに出会ったり。
宇和島とか、讃岐うどん食べたりとか。
藤田
あらま。
木原
絵にべったり、というのもね。
藤田
そうなの?アートラブじゃないの?
木原
そうじゃない、って気付いたことがありまして。
O JUNさんが国立国際美術館で展覧会をしているころ・・・。
藤田
えっと、5年くらい前?
木原
ですかね。
ある日突然、絵にパーンって振られたんです。
絵は自分のものじゃない、っていう感じ。
藤田
絵筆が折れたとか?
木原
いえいえ、そうじゃないですね。
絵に振られた、絵は自分のものじゃないなっていうことが、パーンって分かったんですよね。
そのときに絵と自分に、ある一定の距離が生まれたんです。
距離を持ちたいとずっと思ってたんだけど、絵に振られた瞬間でした。 |
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藤田
それはつまり、絵との距離感がやっと分かった、ってこと?
木原
距離感が分かったっていうか、距離が持てたってことでしょうか。
実のところ、距離感があるかっていうとあやしいもんですけど、徐々になっていくんじゃないかなって思うんです。
無意識的でも意識的でも、欲していれば。
私にとってとても大きいことです。「関係」ですからね。
藤田
おもしろいね。
木原
それと同じ時期、O JUNさんが国立国際美術館でやってたころですが、自分の中には限界を感じていたんですね。
それまで「自分は一番」としか思ってなかったんですけど、あるときパーンって「自分の中になんにもない」って気付いたんですよね。
藤田
なんにもない?
木原
そう。
なんにもないと気付いた瞬間、ボッコシ叩き落されました。
それと同時に、扉が開けました。
なんにもないっていうことは、これからどんどん吸収できるっていうことでしょう?
だからすぐ、マッハで立ち直ったんですけど。
藤田
ところでなんでO JUNさんが国立国際美術館の展示をしていたときなわけ?
木原
特に意味ないです、その展示の時期と自分の思い出が重なってるだけです(笑)。
藤田
面白い!木原さんの話、尽きないわね。
でもこれからもどうぞよろしくね。
ありがとう。
木原
いえいえ、こちらこそ! |
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