吸い込んだコールタールの匂いの中から、金木犀のかすかな香りを探し出そうと、必死でまた吸い込む。金木犀の木は目の前の庭にあって、なつかしいにんじん色の花をいっぱいに咲かせているのに、わたしの呼吸はそれに届かない。みえないとうめいの壁をへだてて、秋の知らせはあちらの世界にとどまっているので、ここでは冬の寒さから逃れられるような気になるけれど、夏の間に体に蓄えた熱はもう、少しも残っていない。 小川良子 思いつきで書いた断片的な小説より