topreviews[展覧会の裏側ワークショップvol.1「作品を展示する」/栃木]
展覧会の裏側ワークショップvol.1「作品を展示する」
『作品を展示する』ワークショップという試み
TEXT 横永匡史
 


講師の山口達彦氏


ワークショップ風景


参加者の女性(左)に助言する山口氏(右)


山口氏が過去に手がけた展示の写真


ワークショップの中では、自身が過去に手がけた展示の写真を元に、展示の意図などを解説する場面も見られた


 美術鑑賞とは美術作品を鑑賞する行為であるが、その行為を成り立たせるには、美術作品を"展示"するという行為が不可欠である。"展示"という行為には、美術作品が持つ世界観を維持するとともに、より補強する作用があるのだ。
しかしながら、美術作品について語られる頻度に対して、"展示"という行為そのものについて語られることは少ない。
そんな"展示"という行為についてのワークショップが、小山市立車屋美術館で開催された。
これは、小山市立車屋美術館で開催された栃木県立美術館収蔵品展『美っくり展』の関連イベントとして企画されたものである。
通常、美術館でのワークショップといえば、参加者が講師の指導のもとで作品制作を行うものが一般的であり、対象者も子どもを中心にしたものが多いが、今回のワークショップは幅広い層を対象に、美術を違う切り口から捉えることにより、作品や展覧会を幅広い視点から観ることができることを目指して企画された。

講師の山口達彦氏は、インストーラーとして、美術館やギャラリーなどにおいて、現代美術のインスタレーションの展示を中心に様々な展示を手がけている。
山口氏は、まず作家とのコミュニケーションを重ねる。展示する作品はどんな作品か、これまでの展示でどんな課題があったか、今回の展示で自分の作品をどう見せたいか、など。そのコミュニケーションを重ねることで、展示イメージを深化させ、その展示イメージを具現化するための技術的サポートをしている。

今回のワークショップもそれに倣い、参加者と講師との1対1のコミュニケーションの中で、参加者自身が作品を展示することについて考えていく、という手法が用いられた。具体的にどのようなコミュニケーションが行われたのかを振り返りたい。

例えば、版画を制作しているという参加者の女性は、おもむろに自身の版画の作品をテーブルに並べ始めた。銀行のロビーに作品を展示できることになり、そこにどのような展示をすればよいか、という。銀行のロビーは、美術館やギャラリーのように作品鑑賞を目的に観る人が訪れるのとは異なり、作品の鑑賞を目的としない人が多く訪れる。また、展示スペースはロビーの一角の掲示板のようなスペースで、周囲には美術とは関係のないポスター等の掲示物も多く、作品を展示するために特化されたスペースとは異なる。
山口氏は、日常に流れる時間から、非日常の時間へと切り替わるためのスイッチとなる何かを用意してみることを提案した。

また、保育士の女性は、子どもたちの作品を展示するにあたり、これまでは、子どもたちが描いた作品を作品を単に展示スペースに並べて展示していたが、もっと良い展示になるように考えたいと参加していた。
すると山口氏は、子どもたちに自分の作品をどこに飾りたいか聞くなど、展示に子どもたちにも参加してもらったら、という。また、女性が、子どもたちの作品に額縁をつけたほうが良いか、と尋ねると、山口氏は、かつてこの車屋美術館での展示において制作したダンボール製の額縁の写真を提示し、このような額縁を3種類くらい用意して、子どもたちに選ばせ、そこから子どもたちに自分の作品をどう展示するかについて考えてもらったらどうか、と提案した。

その他、壁面には山口氏が過去に手がけた展示の写真も展示され、参加者の質問によって山口氏がその展示の意図や舞台裏について語るなど、ワークショップは自由な空気の中で行われた。

とはいえ、それぞれの参加者に与えられた時間は30分。大半のワークショップは、実際の展示について考える入口に立ったところで終了となった。
具体的な展示手法を検討するのに、30分という時間はあまりにも短い。また、その検討にあたっても、展示作品や会場についての情報が乏しい中で行われることが多く、具体的な内容の検討には至らないケースが多く見られた。
しかし、今回のワークショップは、具体的な展示内容を検討したり、展示の技術を学ぶことを主たる目的とはしていなかったようだ。山口氏は、「今回のワークショップでは、展示の技術面よりも展示に対する意識の話がしたかった」と語っている。個々の作品の展示手法などの細部よりも、参加者自身が如何に展示するかを考えることに重きを置いていたように感じられた。

観る人に作品のコンセプトがうまく伝わるように、また、展示の目的を達成するにはどのように展示すればよいか、インストーラーとしてのこれまでの経験をもとに、プランを提示する。参加者は、その提示を元に、自分自身で展示の仕方を考えていく。
たとえこれまで展示の回数を重ねてきた作家でも、自身での経験の幅には限りがある。
山口氏の助言は、様々な作家の様々な展示を手がけてきた経験がベースとなっており、その助言には、受ける側にとって自身で経験していないような側面が含まれている。このことにより、展示を考える上での新たな視点を得ることができるのだ。
実際のところ、多くの参加者は、作品展示にあたってのヒントを自分なりにつかんだようであり、終了後の反応も上々であったようだ。

ワークショップを企画した学芸員の中尾英恵氏によると、このような新たな試みにより、ワークショップの参加者の幅を広げたい、という意図もあったのだという。
実際にどのような人が参加するのか、中尾氏自身もふたを開けてみるまでわからないところがあった、とのことだが、開催してみると、大半が自身で作品を制作する作家であり、自身の作品の展示に当たって、山口氏にアドバイスを求めてきたケースが多かったようだ。
展示という行為は、展示する作品が存在して初めて成り立つ行為であり、それ故に、展示する作品が存在しなければ、展示という行為をイメージすることは難しい。その意味で、今回のワークショップは、そうした展示する作品を持たない人が参加するには、いささかハードルが高いものであったと言わざるをえない。

しかしながら、作品を制作し、この車屋美術館でも展示したことのある作家が一参加者となって講師の話を熱心に聞いている光景は実に新鮮なものであった。作家やスタッフ、鑑賞者が単なる上下関係のヒエラルキーに陥ることなく、相互のリスペクトの元での学びの場がそこにはあった。

美術の世界は、作家の他、キュレーター、インストーラーなど、多くのプロフェッショナルの感性や技術に支えられて成り立っている。このワークショップは、そんな当たり前だが見過ごされがちな側面に気づかせてくれる。

また、展示された作品を鑑賞するという行為は、言ってみれば、作品との対峙であり、すなわち展示という行為について考えるということは、作品に対してどう向き合うかについて考えるということである。
展示について考えるということは、作品をより深く理解するということである。
そして、展示を踏まえて作品を鑑賞することで、鑑賞体験をより豊かなものにしてくれるのだ。

今回のような、展示会の裏側ワークショップは、今後も年1回程度のペースで開催していくという。様々な立場で美術にかかわる人々が、より豊かな美術体験をできるような機会の創出に期待したい。


展覧会の裏側ワークショップvol.1「作品を展示する」
2013年3月3日

小山市立車屋美術館(栃木県小山市)

 
著者のプロフィールや、近況など。

横永匡史(よこながただし)
1972年栃木県生まれ。
2002年の「とかち国際現代アート展『デメーテル』」を見て現代美術に興味を持つ。
現在は、故郷で働きながら、合間を見て美術館やギャラリーに通う日々





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