topreviews[絵本とマンガの創作教室展/神奈川]
絵本とマンガの創作教室展

創作の根源は、ラクガキ・パワー
TEXT 安東寛

 定期的に開かれる女子美術大学の学生の作品展覧会を楽しませてもらっている、ギャラリーon the wind。今回は、当ギャラリーで開かれた美術大学の学生と卒業生を対象にした「絵本とマンガの創作教室」、その卒業制作の作品発表会が行われていたので興味を持った。既存する童話・絵本の挿絵制作となると、学生達独自の世界観は制約を受ける。原作を踏まえた上で、彼らの持つ個人のテイストをどれだけ表現できるのかは、ひとつの挑戦といえよう。会場にはおなじみの童話の挿絵が中心に展示されている。オリジナルの表現ができたかどうかを中心に、7人の参加者の話を聞いた。


 もともと動物の絵を描くのが好きだという蝋山は、動物の話の多いイソップ物語の挿絵製作を楽しんだという。「とかげとへび」の話の挿絵では、モチーフを平面的に単純化しわかりやすく描写した。興味を持ったのは、"周りの風景から描きはじめ、対象物の体は色を塗らず白く残して描く"という彼女の描写法だ。この作品では、背景を塗り、対象物のとかげの体には色を塗らずに白く浮き出させて描いていて、まるで白抜きの版画のような印象だ。彼女がそんな描き方に興味を持った理由を、過去の作品の中に見つけた気がした。彼女は"シマウマの縦縞模様が好き"との理由で、変わったシマウマの絵を多く描いている。画面いっぱいに縦縞模様で埋め尽くされた中に、シマウマの姿が隠れている、といったものだ。そんな縦縞模様は、草むらなど自然の風景に溶け込み目立たなくするための迷彩パターンの役割があるという。彼女の絵は「シマウマとは自然の大海原で、波打つ模様を背負って生きる存在である」と表現しているかのようだ。つまり自然の模様を持ちそこに溶け込んで生きる動物とは、風景を描いていると自然と白く浮き上がってくるような存在である、ということを描きたいのではないだろうか。風景を中心に描く理由は、動物が自然の一部であることを強調した描写方法であるのだろう。

 高師は、有名なイソップ童話「金の斧」の話の状況を、わかりやすく1枚にまとめて描いた。"正直者の木こり"を中心に、左右に女神からもらった金と銀の斧、上下には女神と自分の斧を失くし消沈する"ずるがしこい木こり"が配置されている。誰もが知っている話だけに、一見すると話の内容が説明的に描かれているだけ、といった印象だ。しかし彼女は、この話の挿絵として、一般的な「両方もらえたラッキーな正直者」的な描写はしなかった。正直者の木こりを、"女神の行いを恐れ多いと感じ、どうしていいかわからずとまどっている"形で表現している。これを見たとき、「高々と築かれた塔に雷が落ちる絵が描かれ、人間のおごりが招いた天罰といった戒めの意味を持つ『塔のカード』」などで構成される、タロットカードの絵柄の一枚を思い出した。特にこれに似ているのは、「天使が左右に持った聖杯の水を残らず移しかえている様子を描いた『節制』のカードで、意味は中立・自制心というもの」だ。この真ん中の木こりは、左右の金・銀の両方で迷っているだけでなく、善なる神と悪なる木こりの上下でも迷っているのではないだろうか。まるで十字架の真ん中という、中立的な聖なる位置に立つ者といった感覚で、高師は主人公には思い上がらず節制の位置にいて欲しい、との思いがあるのではないだろうか。童話の挿絵として、このように全ての要素を一枚にまとめて配置して表現してみるのは面白いといえる。

 吉永は、グリム童話「ヘンゼルとグレーテル」を描いた。一般的な挿絵では、兄が妹に先立って導いている、といったものが多いが、彼女は最後に魔女をかまどに突き落としたのが妹のグレーテルであることなどから、妹の強さを強調した。たしかにこの話は、子捨てを計画したのが母親であったり人食い魔女が登場するなど、女の強さや怖さを描いた話といってよい。グリム童話の原作が残酷な話が多いことは、よく知られているが、まるで"マトリョーショカのような恰幅のいい強いロシア女"的印象のグレーテルの姿は、この童話のヒロインとしてふさわしいのかもしれない。


ところで彼女の過去の作品を見ると、雪うさぎをモチーフにした「とけていく」というのが面白かった。雪うさぎは、雪を固めて体を作り、2枚の葉を耳に、赤い実を目にして作る像、雪国の風物詩として知られる。作品では、いくつもの雪うさぎが解けていく様子が描かれている。雪でできているから、体が溶ければ目や耳だけが残ることになり、その様子が少し不気味だ。しかしすべて自然にあるものであって、何もおかしくはない。自然の材料で作られた動物の像が自然に溶けて自然に帰っていく...。雪うさぎをモチーフに、自然界より生まれ出で回帰する動物の一生のプロセスを美しく描いていると感じた。


 石山は、原画を自ら製本してオリジナルの絵本を作った、「ひとりぼっちの宝物」では独自の世界を展開させている。物語は「とある戦争の絶えない国に、科学者によって作られた一匹の"記憶を食べて生きる機械の鳥"がいた。危険が迫ったので、科学者の子供が鳥を逃がす。そして旅をして戦争のない平和な国の少女に出会い、彼女の"一番美しい思い出"をもらう。すると鳥は、少女のような"平和が当たり前の国"の子供のものより、久しく美しいものから遠ざかっている、科学者の子供のような"戦争の国の子供の思い出"の方が美しいと気づく」というものだ。たしかに意外と戦争の国の子供の目はキラキラしていて、平和な国の子供のほうが、"死んだ目をして塾に通っている"などといった印象はあり、豊かさに縁の少ない国の子供のほうが、内面的に豊かである、という話は興味深い。また彼女は手書きの原画を編集して制作した、5分のアニメ作品「ゆめよい」も展示していた。ストーリーは「最近幸せな夢を見る人が少ないため、良い夢を食べれらなくて困っているバクが、居酒屋を開き、疲れたサラリーマンを"良い夢の見れる虹色の酒"で酔わし、そのおいしい夢を食べさせてもらう」というもの。主人公が酔いながら歩き、街中で遭遇する幻想的な夢見のシーンが印象的だ。行く手にシマウマやキリンなどが現れ、主人公を導いた先に待っていたのは...、夜空に浮かぶ"自分を出迎え晩酌をしてくれる妻の姿"だ。この妻の点画が、妙にリアル感があると思ったら、"紙に穴を開けてバックからライトを当てたもの"だという。このような細かい演出をはじめ、彼女は独自の世界観を持ち、深い創作意欲を持っている。そんな彼女の創作のテーマは、"黒という色の持つ透明な空気感"なのだという。前出の「ゆめよい」も、強く惹かれる黒を具現化して描いたものだ。作品内にも暗示的に"黒"がキーワードのように現れる。全編を包む夜の暗闇にはじまり、主人公の飲む酒の虹色は七色を全部混ぜると黒であることを意味する。彼女は黒は全ての色・ものを内包することを伝えたいのだ。暗闇の空間からビッグバンが起こり、様々な色を抱く星々を生んだ宇宙が誕生する。そして終わりの時にはまた暗闇へと回帰してゆくのだろうか...。黒という色は、始まりと終わりを意味し、全てを生み出す偉大な存在といえるかもしれない。


 岡の作品「伊(イソップ)風刺漫画」は、イソップ童話の設定を、気になった新聞記事の時事ネタにすり替え、自らの解釈を加えたオリジナルの社会風刺4コマ漫画だ。もともとイソップ童話の"登場動物"は、人間の姿を動物に置き換えた、"鳥獣戯画的"な世界観を持つものが多く、童話内の設定に似た事件は意外と見つかりやすい。しかしその上にオリジナルの解釈を加え、45編もの4コマを作り上げたのは並ではない。読み進めると、彼女が根っから起承転結の四コマのリズム感が好きであろうことがわかる。特に面白かったのは、「ミッフィー&キャッシーの著作権問題」をテーマにしたもの。「サンリオのキャラクター・キャッシーがオランダの絵本作家のミッフィーを模倣して著作権侵害をしているとの訴えを、ミッフィー側が起こし、両者とも対立していた。しかし大震災を受け、訴訟の費用を復興のために寄付することで合意、訴えを取り下げ、1千万円以上を復興のために寄付した」という。この話を、「ウサギとカメ」の話を用い風刺している。「走りの速い2匹のウサギが、どちらが先にゴールしたかを言い争っている...。しかしどちらも人気者のやさしいウサギである性分からか、後ろでカメが転んで起き上がれなくて困っている様子を見て、争いを止め助ける」というアレンジを加えた。どちらが速くゴールしたか(著作の順番)と、転んで困っているカメを助ける(被災地への寄付)という事件の経緯をうまく対比させている。漫画を見ると、「速さにこだわるより人助けをするウサギのほうが愛らしい。もし訴訟問題が泥沼化していれば、双方とも"金のことしか考えていない醜いウサギ"的印象をファンに与え、共倒れしていたかもしれない。"ノロマなカメ"の存在にはむしろ双方とも感謝すべきだ」といった状況が、童話の登場動物に置き換えたおかげでよくわかる。ところで前出の動物を擬人化した鳥獣戯画は、日本最古の漫画といわれている。また世相を反映した風刺画であることから、岡の作品に重なる。人を動物で描いた理由は、"ずる賢い=狐""お人よし=狸"のようにその特徴が外見に現れているわかりやすく、"キャラが立っている"からであろう。嘘の上手な人間より、動物の姿を借りるほうがわかりやすく効果的、ということなのかもしれない。


 日々感じることをテーマに作品作りをする、という木下。彼女が「人間の快楽への貪欲さ」について描いたのが、「快楽の果て」だ。上から皿の上に落ちてくる、オッサンの顔をした"チョビ毛"の生えた無数の虫のような物体...。それが皿の上の食べ物を食い尽くし、さらにはお互いの共食いまではじめ、最後には何も残らない、という様子を描写している。作品には「日々のストレスの反動で、食欲の快楽に火がつき、全てを食い尽くしたため、残ったオッサンどもで共食いをはじめ、最後には何もかもが無くなってしまう」という意味がある。このように"度を超すと自分につけが回ってくる"的な教訓は童話に多くあり、表現がちょっとグロイのが気になるが、虫という動物を用いた童話のひとつとなり得よう。
それにしてもこの"オッサン虫"のような、インパクトのあるキャラクターがいい。まったく"貪欲の象徴"のような姿をしている。人間の内臓である腸、もしくはその腸に巣食うサナダ虫のような寄生虫の感覚にも似ていて、"食べ物を欲する象徴"を連想させる。そして作品内で展開される様子が、「寄生虫が、腸内の食べ物に飽き足らず、腸からはじめて宿主自体を食べ尽くし、行き場がなくなるという墓穴を掘った上に、同じ寄生虫同士で共食いをはじめ、全滅する...」そんな最悪な、地獄の餓鬼的な光景をも想像させる。しかし人間の持つ貪欲という本性をダイレクトに表現していて、嘘のない気持ちよさがある。
また彼女の過去の作品「神さままで」では、「肥満のオバサンの見る、"小っちゃいオッサン"たちが夢魔のごとくバカ騒ぎする恐ろしくも楽しい夢」といった作品が、気になった。これを見て、「人間と悪魔の堕落しきった世界観」を表現した、ブリューゲルの"邪淫"という版画を思い出した。実際「七つの罪源」というこのシリーズには、憤怒・怠惰・傲慢・貪欲・大食・嫉妬・邪淫など、木下のテーマに重なるものがある。彼女が"ハゲ・デブのオッサン"や"垂れ乳のオバサン"などを好んでモチーフにする理由は、きれいにつくろった若者の姿と違い、年寄りには嘘がないからだという。年を重ねて、"若さ"という筋力で嘘がつきにくくなり、締まりがなくなってハゲ・肥満になり、はては動物を飛び越え、虫のような存在にまで成り下がる...。こんな目を背けたくなるような姿が、人間の真実の姿なのかもしれない。多くの教訓を含む童話に、動物や虫が多く出てくるのは、"本性をあらわにした人間のなれの果ての姿である"ということを表わしているからなのではないだろうか。


 キナコの作品は、最も"子供向け"な感覚がある。それは子供が無邪気に描いた落書みたいだからだ。しかしとても完成度が高く、思わず見入ってしまう質のものだ。「"モモイロヒツジ"というオリジナルキャラが中心となって、ありえないハチャメチャな世界を繰り広げる」という彼女のイラスト。今回は"アイ"というテーマを与えられたことから、"遭い(災難に遭う)"を連想し、画面の上から順に、様々な"悪夢的災難"の光景を思いつくまま描いていった。そして画面下まで行った時、"すべてはモモイロヒツジの入っているバスタブの中で起こったこと"としてうまく(?)まとめることができた。彼女の作品を見ていると、子供の描く"ラクガキ・パワー"の大きな可能性を見せつけられた気分になる。よく「子供の想像力は無限」などといわれるが、そんな"ラクガキを永遠に描き続けられる"的パワーを彼女の作品から感じるのだ。また過去の作品に「天国と地獄」をテーマに描いたものがある。まるで巻物のように、天国・地獄をそれぞれ上下へと、思いつくままに描き続けたものだ。そのパワーからは、無心に描き続けているうちに、実際に異界とのコンタクトが行われて、想像力を超えた天国や地獄の世界に行きついてしまいそうな力さえ感じる。"ラクガキ的想像力"とは想像力の開放であることがよくわかる。

 たしかに絵本や童話にある教訓の話は、奥が深く知恵の宝庫といえる。しかし"大人の世界における教訓"だ。今回の展覧会で、逆に子供の感性で描かれた童話があっても良いと思った。前出のキナコのようなラクガキ的作品内には、一見教訓など含まれていないように見えるが、"無秩序的秩序"のような子供の秩序やルールが暗示的に描かれているように思える。そんな"子供の世界の教訓"から大人が学ぶものも多いのではないだろうか。

絵本とマンガの創作教室展
2011年11月19日20日26日27日

art gallery, on the wind(神奈川県横浜市)

蝋山 翠 高師麻裕実 吉永有紀 石山 亞理沙 岡 華子 木下知美 キナコカタハラ

 
著者のプロフィールや、近況など。

安東寛(あんどうひろし)

1969年 神奈川県生まれ。現在月刊ムーを中心にして執筆活動をする、妖怪と妖精を愛するフリー・ライター。
趣味で色鉛筆画を描いてます。





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