topreviews[井上望 『シカク展 』/神奈川]
井上望 『シカク展 』

「SHADE」 キャンバス アクリル 41×31.8cm


よい距離を空けてみると…、よ〜く見えてくる
TEXT 安東寛

 
「結婚式」 A3画用紙 ダーマトグラフ・カラーインク

 「毎度!」といった感じでいつものギャラリー元町の入り口をくぐったものの、私は少々緊張していた。
なぜなら、当ギャラリーのサイト上で今回の「井上望・シカク展」の予告をチェックしたとき、そこに載ってた作品は好みだったのだが、テーマの“シカク( 視覚・四角・死角などの意味を含む )展”というものに、なんだか井上が“独自なアート論で武装した理屈っぽい四角四面な男”であると思い込んでいたからだ。
そんな人は苦手だ...。
しかしギャラリーの奥から登場したのは明るい女の子だったので、びっくりした。
“ノゾミ”を“ノゾム(男性名)”と勘違いしたのは、元来の私の天然ボケのなせる業であろうが、実は彼女の作品は、熟考された色彩のコンビネーションなど、感覚的に楽しんじゃって良いものなのだそうだ。

 彼女の作品を見て強く感じるのは、「絵の中に良い空間が空いている」というものだ。
私が今までの絵画鑑賞の経験上このような感覚を持ったことはあまりない。
とにかく、“描かれた対象物同士の間の独特の距離感”や“その周囲に空く良い感じの空間”がとっても気になるのだ。
普通の絵画鑑賞なら“描かれた対象物”そのものを鑑賞するものだが、彼女の場合は、彼女の作品を目の前にコーヒーを一杯用意して、「さーて、良い空間でも愛でてみるか...。」といった珍しい楽しみ方をしたくなる。
井上の作品は、絵の中の“余白”の重要性に気づかせてくれるものといえ、読書における“行間を読む”という意味にも近いのかもしれない。
 こんなわかったようなことを語ってる自分も、「カーリング」という作品の写真撮影の時、対象物が中央に寄っていて余白が多かったので、うかつにも「真ん中の選手達だけを撮りたいのでズームで寄って撮っちゃっていいですか?」などとのたまってしまったのだ。
こんな姿勢だと、井上の作品のキモを逃してしまうといえよう。


「サラリーマン」 A3画用紙 クレヨン・カラーインク・鉛筆・コピック 



 ところで彼女の作品にはシニカルな視点で描かれたコミカルな魅力もある。
作品「サラリーマン」では、“階段ではなくエスカレーターで神社に参拝する集団”が描かれている。
これなどは“実際に参拝時の階段の上り下りが大変な神社もあるため、そんな時はエスカレーターがあると便利ではあろうが、参拝とは神社への道のりを含めてのものであり、それでは何かが間違っている”ということを指摘した意味の作品なのかもしれない。
こんな“アイロニックなことに敏感な、シュールでシニカルな彼女の作風”は、私に吉田戦車のギャグ漫画を連想させた。
そして私は、彼の「伝染るんです」という漫画の中の、次のような作品を思い出した。
 それは確か『店の前を通る通行人達の間に“近くも遠くもない微妙な距離”を見つけては、その度に「おっ、良い距離!」と、仕事をほったらかしにしてそれを楽しんでいる八百屋のオヤジの話』だったと思う。
そして最後は『そんな夫に困り果て、「もうそんなわけのわからない“距離道楽”はやめてください!...」とへたりこみ哀願する奥さんとの間にも、その“距離”を見つけ、「おっ、これも良い距離!」と喜んでいるしょうがないオヤジの姿』で終わる。
 もしかしたら、この漫画の中の“良い距離”も、彼女の絵の中に空く空間の意味と関連性があるのかもしれない。
私はこの“距離”とは、相手に取り込まれないで、冷静にお互いを見つめ合える“丁度良い中間的な距離”のことなのではないだろうかと思う。
「愛してる!」とくっつきたくなるのは普通だが、空間を空けるということは寂しいことではなく、“愛し合うお互い同士が同時に尊重し合うこと”ともいえよう。
“幸せそうに寄り添うカップル”“クラブで押しくら饅頭のように騒ぐ人々”...、しかしその外見とは裏腹に、実は心の中に孤独感を抱えている人も多いことだろう。
 井上は作品「SHADE」や「POOL」に関して、「登場人物は一人ではないけれども、なんだか寂しく見える」とコメントしていたのは、そのような孤独感や不安感のことをいっているのではないだろうか。しかしこれらの作品は「そんな寂しさも距離を縮めればなくなるわけではなく、むしろお互いにこのくらいの余裕の空間を空けた方がよい」ことを教えてくれている気がする。小説のタイトルではないが「冷静と情熱の間」というものなのだろう。


「POOL」 キャンバス アクリル 80.8×80.8cm


 それにしてもこの「POOL」の非常識な構図はスゴイ!
この個展のテーマの「いろいろな視覚(視点)を用意してます」を代表するような、上、斜め横、斜め上などのさまざまな方向から見た視点を1つの絵の中に集約させてしまった、“超視点”を表現した作品だ!
私はなんとなく、学生時代の数学のテストで出された、「サイコロの正しい展開図はどれ?( “1”の真後ろには“6”、“2”の真後ろには“5”が来ること...などから推測する )」という問題を思い出してしまった。
この“展開された平面的なサイコロ”は、“三次元の物体を二次元化させたもの”といえ、「POOL」の構図も“立体的な三次元の風景を展開させて二次元化させたもの”のように感じた。
 そしてこの感じが、私が大好きなシュールレアリズムの巨匠・キリコの作品「街角の神秘と憂鬱」を想起させた。
この絵の中の対象物も、女の子の姿が真っ黒な影に近かったり、建物や荷車などもどこか平面的で立体感がないように描かれている。

  もしかしたら井上は、キャンバスという二次元の世界に、三次元の世界を展開させることによって、“三次元の世界の謎をさまざまな視点から眺めよう”としているのかもしれない。
さらに、物理学的には「一つ下の次元の世界は一つ上の次元の世界に内包されている( 一次元は二次元の中に、二次元は三次元の中にある...)」といわれているが、もし彼女が“三次元の世界の展開図”を完成させたとしたら、三次元よりさらに高次元の“四次元の世界の視点”を見つけてしまうかもしれない。
その時には、彼女の絵が“四次元の世界への扉”になるような気がして楽しみだ。


「COMMUNICATION」 キャンバス アクリル 53×40.9cm

「ゴール」  A3画用紙 カラーインク ペン 

「HELP(山)」  キャンバス アクリル 41×31.8cm

「LORELEI」  キャンバス アクリル 80.8×80.8cm

 


井上望 『シカク展 』
2009年10月26日(月) 〜 11月01日(日)

gallery元町(神奈川県横浜市)

井上望
1985年   神奈川県生まれ
2005年   東京造形大学映画学科入学
2007年   同大学 中退
以降イラスト製作
 
著者のプロフィールや、近況など。

安東寛(あんどうひろし)

1969年 神奈川県生まれ。現在月刊ムーを中心にして執筆活動をする、妖怪と妖精を愛するフリー・ライター。
趣味で色鉛筆画を描いてます。




topnewsreviewscolumnspeoplespecialarchivewhat's PEELERwritersnewslettermail

Copyright (C) PEELER. All Rights Reserved.