topreviews[藤田桃子「トネリコ・ユッグドラシル」展/東京]
藤田桃子「トネリコ・ユッグドラシル」展
夢と現のはざまで―藤田桃子の世界―
TEXT 齋藤葉子

 寝転がったまま、眠い目をうっすらと開けてみる世界。まだ夢なのかそれとも現実なのか。《午後三時の訪問者たち》(写真a)の巨大な画面の前に立っていると、その先は普段とは全く別の世界が広がっている。逆にこちらのほうが自分の頭の中にある世界なのかもしれない。暗く、重いトーンで描かれたうずくまる生き物、そしてそれを訪ねる者たち。自分の上に覆いかぶさる闇なのか、あるいは明るい予兆なのか。この訪問者たちは自分を襲うものたちなのだろうか。いや守ってくれるものなのかもしれない。

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b
 
c
 
 
藤田にとってはこの訪問者たちはリアルであり、安心感を与えてくれるものらしい。ギャラリーの縦横壁いっぱいに幅数メートルもある横長の平面作品は、圧倒的な存在を放っている。こんなに大きな作品をどうしてこんなに小柄な可愛らしい女性作家が作っていると誰が思うだろうか。足場を組んで制作にあたっているという。そうして自分で貝を砕いて絵の具を作り、薄い紙を何枚も重ねて貼り、ほうきのような刷毛で絵の具を支持体へ塗り重ね、まるでレリーフのように盛り上がりを作っては、これまた自作のナイフで削り、を繰り返して作っていく(写真b)。

「これは全体の一部で、もっともっと大きなものなんです。始まりや終わりはなくて広がって浸透していくのです。未熟児で生まれたせいか大きなものに憧れがあります。大きなものには畏怖の念を感じます」

鼻が男根状に伸びて二人の人物(藤田は生命体と呼ぶ)の鼻と鼻がくっついている。しかし、乳房も持つ。特に性別はない何かの生命体をあらわしているという。左に大きなうずくまる生き物。これは作者自身とのこと。午後三時のまどろむ時間帯に現れる奇妙な訪問者。それは藤田にとっては夢のようであるが現実のものでもあるのだ。白昼夢、ということばがふさわしいかもしれない。

そして、ギャラリーの左側の壁面には《トネリコ・ユッグドラシル》という作品が(写真c)。これは藤田が考え出した造語だという。「トネリコ」はモクセイ科トネリコ属の落葉高木。「ユッグドラシル」(古ノルド語:Yggdrasill)というのは「世界樹」「宇宙樹」という意味で北欧神話に残っている。アイスランド語では「イグドラシル」でその木は「トネリコ」の木を想起させる。北欧神話によれば、この世界は大樹(ユッグドラシル)が支えていた。アースガルズ、ミルガルズ、ウートガルズ、ヘルなどの異なる九つの世界をすべて含んでいると考えられている。枝は天を支え、根は三本に分かれ幹を支えている。それぞれアースガルド、ミッドガルド、ヘルに通じている。アースガルドに向かう根の下には神聖なるウルドの泉、ミッドガルドに向かう根の下には、ミーミルの泉がある。そしてこの木にはリス、大鷲、タカ、蛇、蛇、ヤギ、鹿がいる。藤田は時々博物館や動物館へ行くそうだ。恐竜や化石、ラスコーやアルタミラの遺跡に関心があり、その恐竜の名残があるカメレオンなどの爬虫類が画中に登場させている。化石や遺跡は過去を現代まで残した爪あとだ。藤田は絵を描くことで、過去と現在、そして宇宙である天界、地界、人間界をつなげている。

藤田はこう記す。「宇宙は巨大な一本の樹木によって支えられているのだという。遠い昔、人が地に姿を現す遥か以前から、その巨大な宇宙樹はそびえていた。その幹は天上界と冥界の深淵をしっかりと結び、内部では宇宙全体が永遠に再生を繰り返す。
苦悩し移ろいやすい無常な存在である己を捨て、宇宙全体と再び一つになったブッダは、その樹に胎臓され、生命の起源と創世を観たのだろう。
21世紀、様々な情報が溢れ、錯乱中。どこかの誰かがボタンを押せば、一瞬で地球は消滅するとかしないとか。めまぐるしく変わるこの世の中で、私はどうしたらよいか分からなくなり、とりあえず樹の幹に身をもたれ、樹のように不動となり沈黙し、眼を閉じる・・・・・・瞑想・・・・・・。
けれども、ざわめきは鳴り止まず、私はそのざわめきに安堵する。やがて腹が減り、樹を後にして私の足はファーストフード店へと向かう。そして今日もテレビの前で食べている。 なんという無常さ」

この作品もまた大きく、藤田の世界観をあらわしていると言えよう。真ん中にユッグドラシルが鬱蒼とした森のように重たい幹を根と共に地に下ろしている。神秘的で静謐を保っている。日常のはかなさと無常さを感じ、宇宙へと思いをはせる。
宇宙や世界への畏怖の念を持ち続けることが人間の使命ではないだろいうか。それをなくしたら、ボタン一つでこの世は終わってしまうのだ。藤田が描き出すのは情報過多世界に住む我々への警鐘ともいえる深遠なものだ。


藤田桃子「トネリコ・ユッグドラシル」展
2008年3月15日〜6月7日

高橋コレクション(東京都港区)
 
著者プロフィールや、近況など。

齋藤葉子(さいとうようこ)

1976年神奈川県生まれ。
2000年慶應義塾大学文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。
美術関連会社などを経てwebにて執筆。




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