topreviews[「彫刻の本能 Vol.3」伊藤一洋/木下好美/高梨裕理/戸塚憲太郎/東京]
「彫刻の本能 Vol.3」伊藤一洋/木下好美/高梨裕理/戸塚憲太郎

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かたちに目覚める彫刻たち
TEXT 中島水緒

様々なショップが立ち並ぶ表参道の裏通り。とある家具・雑貨店に入り小さな階段をのぼると、そこに去年オープンしたばかりの新しいギャラリー「hpgrpGALLERY東京」がある。アパレル企業のH.P.FRANCEが展開するアート事業の一拠点としてオープンした、これからの動向が注目されるスペースである。室内は板張りの床と白い壁が印象的な落ち着いた空間だが、今回のグループ・ショー「彫刻の本能 Vol.3」に展示された4人の作家たち(伊藤一洋、木下好美、高梨裕理、戸塚憲太郎)の彫刻作品は、静けさのなかでもどこか不穏な空気を見せつけてくるものばかりが揃っていて興味深い内容となっていた。(画像=a)

4人はそれぞれ異なる素材を用いて彫刻を制作している。伊藤がブロンズ、木下が非焼成の土、高梨が木、戸塚が磁土。追求する素材も表現も別々ではあるが、不思議と展示の全体的な印象がばらついていない。有機的な性質を備えた4人の作品が所々で呼応しているせいか、それともメリハリの効いた構成が空間をまとめ上げているせいか。理由は簡単に指摘できてしまうものではないのかもしれないが、一人の作家やひとつの作品を越えて複数の力が混じり合う場が生み出されることは、グループ・ショーだからこそ発生するマジックと言えるだろう。

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ここから一人ずつ作品を見ていこう。
まず、ギャラリーに入ってすぐ手前の台座の上に展示してある木下の塑像の作品。鳥の羽をかたどった彫刻が羽の先から波模様の文様を派生させている。また別の台座には、ちょうど人間の頭をすっぽり包み込むベールのかたちをした彫刻が置かれている。(画像=b)
波や布地のゆるやかな起伏、つまり固定されないかたちが木下のメイン・モチーフなのだろうか。その外観にはどこかフラジャイルなイメージがつきまとう。具体的な事物をかたどっていても安易な物語性には陥らず、かたちあるものとかたち定まらぬものを行き来するイマジネーションの揺れ幅が木下の彫刻の決め手となっているようだ。

そして部屋の右奥の一角を占めているのが戸塚の作品。(画像=c)
床に無造作に転がすようにして展示してあるのは頭蓋骨を思わせる丸く白い半磁の彫刻。型から引きちぎった痕が生々しく、いまにも変成しそうな断面が視覚と触覚に訴えてくる。戸塚の彫刻を見ていると、外部も内部もない剥き出しの器官を連想してしまう。特に壁に掛けてある銀色の彫刻に関しては、三木富雄の「耳」を彷彿とさせはしないだろうか。ただ、戸塚の彫刻にグロテスクなイメージはなく、むしろその物質性はグロテスクを通過したあとの化石的な堅固さと静謐さを感じさせる。ゴツゴツした表面とメタリックな銀色の照り返しはこちらの視線をすんなりと受けいれることなく、圧倒的な異物として壁に貼り付いているのである。

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部屋の中央でどっしりと構えている木の作品は高梨によるものである。(画像=d)
サイズの揃っていない木片をいくつも組み合わせ、大きな籠のようなかたちに編み上げている。この籠を覗き込んでみると、底のほうに小さな開口部があることに気付く。開口部から遠心的に空間を押し広げるこの籠は、不思議と包容力に満ちていてダイナミックだ。しかしもう一方の作品で高梨は、木の土台に蜂の巣状の細工を彫り付けるなど繊細な手仕事もこなしている。しかもそれが工芸的な手技で終わらず、土台の木を彫り上げる作業から内発的に生じているプロセスに見えるところが興味深い。

4人のなかでいちばん点数が多いのが伊藤一洋のブロンズ彫刻だ。(画像=e)
展示方法は床に設置するパターンと壁掛けのパターンがあり、空間の異化にもっとも貢献している。伊藤の彫刻には剣の切っ先、リング、動物の爪や鉤を思わせるかたちが断片的ににあらわれ、溶けたブロンズを流すときに出来る偶発的なかたちも積極的に取り込んで具象的なイメージと融合させている。(画像=f)、(画像=g)
流れる曲線やねじれる形態のなかに暴力的な鋭さも秘めているところが最大の魅力だろうか。ふつう人は、鋭利な刃物など自分の身体に影響を及ぼしかねないかたちと向き合うと、それがどんなに他愛ない程度のものであっても反射的に警戒してしまうものである。決してあからさまではないが、伊藤の彫刻から妙なバランスで飛び出している切っ先や爪は、まさにこの知覚の防衛本能を引き出すところがある。伊藤の彫刻はただ単に「場に置かれている」のではなく「場を破る」ものとして、また安全圏にある鑑賞者の感覚を「引き裂く」ものとして作用しているのである。

素材のもつ魅力を活かしながら、素材に依存しすぎることなく、素材からイマジネーションを引き出す。4人の作家たちは選んだ素材と向き合いながら、そこにたとえ理論的な補強や意味づけはなくとも、自分たちの感覚に素直に立ち返って道を模索しているようである。それがこれからどのようなかたちに昇華されていくのか。共通のテーマとされる拠り所がないまま表現を続けていかなければならない困難な時代ではあるが、このようなグループ・ショーから現在の彫刻家たちの抱える問題意識が断片的に垣間見えることもあるはずだ。「彫刻の本能 vol.4」を楽しみに待ちたい。

「彫刻の本能 Vol.3」
伊藤一洋/木下好美/高梨裕理/戸塚憲太郎

hpgrpGALLERY東京(東京都渋谷区)
2007年12月13日〜2008年1月14日
 
著者プロフィールや、近況など。

中島水緒(なかじまみお)

1979年東京都生まれ。
雑誌やWeb上で美術展のレビューなどを執筆。




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