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タノタイガ展 ボーダーラインプロジェクト2006「1円スタート〜」

《LVM63024 \24,150》

《LVM62631 \19,950》


世界のカタチを知るために
TEXT 横永匡史

 
 
 
 

リブリッジ・エディット外観展示風景特設サイト画面[+zoom]展示風景

ギャラリーの周囲には、「オークション展示場」と書かれた立て看板が並び、いかにもうさんくさそうな雰囲気を漂わせている。
そして室内に入ると、透明なケースの中に、某有名ブランドのシガレットケースとキーケースが置かれ、それぞれにプライスタグがつけられている。
一見本物のように見えるが、細部を見ると、本物とは明らかに異なる木の質感を見てとることができる。
そう、これは、タノタイガによる本物そっくりに作られた楠の彫刻作品「LVM63024 ¥24,150」「LVM62631 ¥19,950」なのだ。
モデルとなった商品名と実際の価格がそのまま作品名となり、同じ価値を持つものとして見る者に提示される。
よく見ると、シガレットケースの中に入れられたタバコの箱や、キーケースにつけられたカギもすべて楠でできている。それに気がつくと、品物全体が先ほどまでとはまるで別のもののように見えてくる。
これはブランド品の偽物なのか?
それとも楠を丹念に彫り上げて作られた芸術作品なのか?
ふと何とも言えないおかしさがこみあげてくるとともに、僕の頭の中で目の前の品物の価値が混乱していくのを感じる。

タノタイガは近年、こうしたブランド品そっくりの木彫作品を通して、モノの価値やそうした価値を与える社会に問題提起をする「ボーダーラインプロジェクト」を展開している。
昨年は、バッグそっくりの木彫作品を肩にかけてパリのルイ・ヴィトン本店に行き、税関を通過して日本に帰れるかを試みる「ボーダーラインプロジェクト 2005」を実施した。
そして今回「ボーダーラインプロジェクト2006」の実施にあたり、タノタイガが新たなフィールドに選んだのはネットオークションである。
ネットオークションは、詐欺行為や盗品・非合法な品の横行などの問題がしばしば起こる一方で、様々な品物を安価に入手できる手段として、多くの愛好者を持つ。
タノタイガは、展覧会の会期終了までの間、前述の2つの木彫作品を某大手オークションサイトに出品するという。そして、PCのオークション画面をギャラリーの壁に投影するとともに、オークションに出品した作品やオークションの過程を示すドキュメントをギャラリーに展示する、というのが今回の展覧会である。
今回の展覧会にあたっては、タノタイガ本人のホームページ内にも特設サイトが設けられ、展覧会の初日である5月30日より、その特設サイトからオークション画面にリンクするように設定された。
今回の企画を知ったとき僕は、胸がわくわくするとともに、心のどこかで「こんなことやっちゃって大丈夫なの?」と腑に落ちないところがあった。
本物のブランド品に混じって、まぎらわしいモノを出品してしまって大丈夫なのか?
事務局に出品を削除されたりはしないのか?
僕は、平穏にオークションが終了することを望む気持ちと、何らかのハプニングを期待する気持ちが入り混じる複雑な心境でオークション画面を観察することにした。

オークション画面を見てみると、タノタイガが出品した作品は、その某有名ブランド商品の項目に分類されていた。
一覧には、他の出品者が出品した、おそらくは本物と思われる品々と並んで、タノタイガの作品が表示されている。
それぞれの品には、品物の写真が添えられているのだが、タノタイガの作品の写真はモザイク処理されており、いかにも怪しそうに見える。
出品にあたっての説明をよく読めば、これは本物ではなくタノタイガによる芸術作品なのだとわかるようになってはいるのだが、果たしてこの画面を見ている人々が本当にそのことを認識しているかどうかはわからない。
それでも、タノタイガによれば、出品を不信がるような問合せや苦情の類は一切なかったという。
入札額は、開始後しばらくは百円単位の状態が続いたが、徐々に参加者が増え、出品されてから3日目の6月1日には、片方の作品入札額は6,300円、もう一方の作品も3,000円程度にまで上昇した。
「もしかしたら元の商品の金額を上回るかもしれない。」そんな期待をも抱かせた。
しかしそんな中、突如として事件は起こった。

6月1日の夜、作品の出品画面を開こうとしたら、作品が表示されなくなっていた。
6月1日18時46分付で、何の前触れもなく事務局によって出品が削除され、タノタイガ宛てには事務局より削除を知らせるメールが届いた。
あえなくオークションは途中で中止の憂き目に遭ってしまったのだ。
主催者からのメールには、何が問題だったのかは一切明記されておらず、問合せにも応じないという。
ただ削除されたという事実と、出品にあたってのガイドラインなどの関連するページのアドレスが記載されているだけだった。
モザイク処理された写真がまずかったのか、出品についての説明書きが不十分だったのか、出品するカテゴリーが違うと判断されたのか、タノタイガ本人にも削除された理由はわからないという。
ともかく画面上から出品された作品は消え、タノタイガによる特設サイトにはお詫びのメッセージが表示されていた。
ただそのメッセージには、お詫びの言葉とともに、展覧会が終了するまでにまた新たな展開を仕掛ける旨の内容が記載されていた。
出品が削除され、当初の計画が頓挫してしまったというのに、新たな展開を仕掛けるとはどういうことなのか?
僕にはそのとき、このメッセージの意味はわからなかったが、もしかしたらまたおもしろいことが起こるかもしれない、との淡い期待を抱いてしばらく待つことにした。

 
 
 
《梱包 LVM63024 \24,150》《梱包 LVM62631 \19,950》《Y!からの手紙》
しばらくして、再びオークション画面を開くと、新たに別の作品が2つ出品されていた。
今度は2つともダンボールの箱。箱には銀色のガムテープが巻かれた上に「取扱注意」のステッカーが貼られ、モノグラムのマークが描かれている。
そしてマジックで、作品のタイトルやタノタイガ本人のサイン、「あけないで」などの文字が書かれている。
これは、作品を梱包する箱をモチーフにした作品「梱包 LVM63024¥24,150」「梱包 LVM62631¥19,950」であるという。
今度は、出品の説明書きにタノタイガによる作品であることが明記され、併せて「隙間からほのかな楠の香りがします(鼻が利く方はわかると思います)」などと、先に出品した木彫作品が箱の中に入っているとも解釈できる一文が付されている。
また、落札者には、おまけとしてオークション事務局から送られてきた、出品削除を知らせるメールをモチーフにしたと思わせる彼の新作「Y!からの手紙」を付けるという。
僕は、オークションへの出品削除という今回のプロジェクトを根底から覆されかねない事態を、ウィットをこめて鮮やかに切り返したタノタイガの手法に、思わず笑ってしまうとともに、うーんと唸らざるをえなかった。
そして、展覧会の最終日である6月4日の24時10分をもって、無事にオークションは終了した。
落札額は、いずれも最初に出品された木彫作品の削除時点よりも高い額をつけており、片方はモデルとなったブランド品の価格をも上回っていた。

貨幣経済の中に身を置いている僕たちにとって、モノの価値を計るひとつの基準となるのは価格である。
そして、そのモノを見ながら、いくらの価値があるのかを考えて自分なりの価格を設定していくオークションは、その人の価値基準を如実に映し出す行為といえる。
今回出品された木彫作品を、ブランド品の偽物として見るか、一点ものの貴重な芸術作品として見るかで、その人の感じる価値は大きく変わってくるだろう。
また、今回は2点の作品が出品されたが、それぞれのオークションへの参加者を見ると、両方とも参加している人がことのほか少ないことに気づく。2つの作品のどちらのオークションに参加するか、参加者はそれぞれ二者択一の選択をしているのだ。
それもまた、自分にとってどちらのモノの方が価値があるか、価値を推し量る行為に他ならない。そして、自分がこの世界の中で何に価値を感じるか、ひいては世界をどのように見ているかのあらわれでもあるのだ。

また、今回のプロジェクトは、その途中で当初の作品が出品を削除され、急遽別の作品を出品するというイレギュラーの事態が発生したが、かえってそのことによって、プロジェクトの面白さがより一層深まったように思える。
後から急遽出品された作品は、あくまで梱包の箱として提示されており、中に木彫作品が入っていることを匂わせてはいるが、実際に何が入っているのかはわからない。いわばブラックボックスである。
それとともに、出品者であるタノタイガも、買おうとするオークション参加者も、疑問や不満を示していないにもかかわらず、事務局内部の基準によって自動的に出品が削除され、理由も開示されないというオークションのシステムも、まさにブラックボックスの構図ではないか。
そしてそのようなブラックボックスの構図は、僕たちが参加していながら僕たちの知らないところで物事が進められてしまうこの社会の構図とも重なって見えてくるのだ。

タノタイガの試みは、本物と偽物、現実と虚構、そしてルールへの適合と逸脱の間にあるボーダーライン(境界線)をあえて進むことで、今のこの世界のカタチを浮き彫りにする。
仙台の街中にある10坪ほどの小さなギャラリーに展示された小さな木彫作品の向こうには、確かにこの世界のひとつの断面が映し出されていた。


タノタイガ展 ボーダーラインプロジェクト2006
「1円スタート〜」


リブリッジ・エディット(宮城県仙台市)
2006年5月30日〜6月4日

タノタイガHP
http://www.taigart.com/
 
著者プロフィールや、近況など。

横永匡史(よこながただし)

1972年栃木県生まれ。
2002年の「とかち国際現代アート展『デメーテル』」を見て現代美術に興味を持つ。
現在は、故郷で働きながら、合間を見て美術館やギャラリーに通う日々。




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