そっと手をのばしてみる
TEXT 草木マリ
たぶん、私たちの見ているこの世界は一様ではなくて、それぞれがそれぞれの、違った世界を見ているのだと思う。
私の目の見る世界。誰かの目が見る世界。私には見えない、誰かのリアリティ。
同じ時間と場所を共有しているにも関わらず、違う波長で辺りに満ちている複数の現実、そういうものを可視光線に変えてしまうことの出来る人がいるのだなあと、しみじみと感じた。
ピアノとサックス、コントラバス、3人編成のバンドPAAPと、光を使った表現をいろいろな状況で繰り広げてきた高橋匡太、音と映像のセッション。一枚のスクリーンと4機のプロジェクター。シンプルな素材から、複雑な関係がたち現れていた。
スクリーンには奏者3人の影。彼らの楽器から音がはじき出されると、映し出された数本の線が震える。空気が動く。
背景には降り積もる砂、染みるインク、飛び散るもの、高橋の手元に進行する様々な出来事。
そう広くはない会場で起きているいくつかのものごとが、ほんの小1時間、一枚のスクリーンに焼き付けられる。
いつもは見えないままに通り過ぎていた、でも確かにそこにあった世界が、その時私の目にも見えた。
辺りにはなんてたくさんの思考が満ちていたのだろう。どれだけたくさんのものを取りこぼしながら生きているんだろう。すべてを手にしたいとはいわないけれど、時々こうして手の届かなかったものにそっと触れることができる。高橋の表現はいつも、贅沢で素敵な魔法のようだ。
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