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米松の大径木
TEXT & ILLUSTRATION 岡村裕次
埼玉県立大学
大学という新しい都市がありました

今回は「埼玉県立大学」を紹介致します。埼玉県越谷市に看護・福祉系の学科を集めた新設の4年生大学と従来まで浦和にあった県立衛生短期大学がこの場に移って併設された54000平米という巨大なキャンパスを持つ教育施設です(尚、現在短大は廃止)。東武伊勢崎線のせんげん台という駅からバスなら大学前まで約5分、徒歩なら20分程度のところにあるのですが、宅地開発された碁盤目の街を抜けて、広大に広がる田園風景の入口部分にその広大なキャンパスはあります。周辺は遠くまで見通せる田園風景が広がっており、そこに突然近代的な建築が現れます。

設計は日本を代表する建築家の一人である山本理顕です。プログラム論とよばれる社会のシステム(構造)を建築を作るにあたってもう一度根本から見直し、それが本当にそうなのかを検証した結果を建築物に反映するという考え方を実践する建築家の代表的存在です。制度やしくみ、常識などに対して疑いの目を持ち、なるべく全ての事を等価に扱うように組み立て、建築という刀を持って戦う建築家です。ぼくも大学院時代に教わりましたし、日頃の仕事からとても影響を受けています。「建築で社会は変えられる!」という世代の一人でして、現在の建築界はちょっとしらけムードがあり、小手先のテクニックがもてはやされる時代にまだまだ骨太の建築家代表として最前線を迷い無く走り続けて頂きたい建築家の大先輩です。代表作として「はこだて未来大学」、「福生市庁舎」、「横須賀美術館」等があります。


南棟から北棟を見る。挟まれた部分が実習室や図書館がある共通施設棟です。


4層吹き抜けているので、どこにいても廊下に出れば全体を感じる事が出来ます。

まずは概要から。1995年春に行われた36者コンペ(審査委員長:高橋●一、●=てい:青ヘンに光)で勝ち抜いて、実施されています。「従来の医療、看護、リハビリテーション、福祉という個別対応では、高度化・多様化する保健医療・福祉サービスの需要には応じきれない」「保健医療・福祉領域における密接な連携と統合を図る体制の整備が急務となってきている」(コンペの要項:設立の目的)といった要望から、山本は専門分野相互の関係がなるべくうまれるように建築的な操作を検討しました。今後福祉はそれぞれの専門家が包括的な連携をとりながら実務をしていく状況であることを大学教育のあり方として建築的に示そうとしたのです。

具体的には学科ごとに別棟で分けて作るようなやり方ではなく、なるべく全学科が一つの建物の中に一緒に入るように意図されています。他の学科が何をやっているのかを日常キャンパスライフの中で目に入ってくるように、また他学科との偶発的な交流が増えていくように一カ所に統合しようと考えた訳です。しかし一つの棟に全てを収めるにはあまりにも大きすぎる規模の為、大学と短大それぞれを4階建ての別棟として平行配置させ、その2棟の間と両方の一階に実験、実習室が学科関係無しに全て集中して集められています。講義ではなく、具体的に何をやっているのかが分かりやすい作業や実験をする実習室関係を皆が通る低層部に配置し、他の学科の内容を間接的に知るように意図した訳です。
4階建ての別棟となった部分の二階には講義室、三、四階は研究室という構成にし、すべての階が吹き抜けによって繋がることで、棟内部でも全体を感じられるようになっています。その吹き抜けはどこからでも見えるように透明に仕上げられており、廊下に出れば棟内部、更には向こう側の棟まで見渡せるようになっています。

巨大な施設がモダンデザインで統一されています。

とても巨大な施設の工事に関わる関係者に伝えるためデザインを全て言語化する事を意識し、徹底したようです。全体を5つの工区に分け、別の業者が同時に違う棟を施工(工事)することになったため、違う業者が同じ仕様で工事をすることになります。その事もあってあえて言語化・システム(ルール)化をすることが、大きな工事に於いて細部まで質の高い空間を作ると考えたのです。よって、一つ一つの場面の特性に従って空間を構成するのではなく、その場所の特性よりもシステムを優先すると決めて設計、監理が進んだようです。また、様々なコラボレーターは一流の方ばかりなのですが、その方にもその場が全体の一部であるようなデザインを心がけるように山本は伝えたようです。

家具:近藤康夫デザイン事務所、Hデザインアソシエイツ(黒川勉、片山正道)、リーディング・エッジ・デザイン(山中俊治)
サイン:廣村デザイン事務所
照明計画協力:ライティング・プランナーズ・アソシエーツ
植栽計画協力:オンサイト計画設計事務所
アートワーク:秋岡美帆、Charles Ross、舟橋全二、方振寧、宮島達男、望月菊磨

屋上通路から下にある実習教室が見えます。


上から吊られているので薄い床と手摺。しっかりと隅々までデザインが行き届いています。

そんな前知識を胸に僕が訪れたのは大学が開校する前の見学会でした。大学が開校する前ですので、出来立てのとても奇麗な状態でした。つるつるピカピカの近代的な材料で出来た建物はとても美しく、隙がなく全体がデザインされ尽くされていました。山本理顕設計工場という事務所名だけあってかシステマチックに隅々まで行き届いた建物はある種気持ちよく感じましたし、完成度の高さに感動すら覚えました。とても都会的でかっこ良い建築はドラマのロケやCM撮影でよくこのキャンパスが使われているという話には納得できました。
その当時はまだ教室内に備品がそろい始める最中で、具体的な大学生活をイメージするというよりも建築の素の空間と素材を体験したという感じでした。コンセプトが率直なまでに実現された空間はスケールが大きく、小細工しないで割り切っている感じが清々しく、「使われてこそ!」という建築の可能性を感じさせてくれました。特に4階建ての2棟の間に挟まれた実習室の屋上は緑化された屋上通路となっており、ちらちらと眼下に教室が見えて学生達であふれると楽しい空間になりそうだと感じました。しかし、キャンパスを何分も歩いてもあまり代わり映えのしない空間が続くのですこし退屈であるというのも正直な感想でした。全てが隙なくきれいすぎる事への飽きもあったのですが、それは無い物ねだりと思っておりました。この規模ですごい人数が関わる事を考えると、空間が持つダイナミズムとか素材の嗜好性などの個人的な話はとりあえず横に置いておくことは致し方ないのかと思いました。


大屋根がかかる学生会館にはすべてロールスクリーンが降りており学生活動が感じられませんでした。

それから10年以上が経過し、昨年の12月の土曜日に再度見学する機会に恵まれました。寒い日でかつ土曜日という事もあり、キャンパスには人が少なく大学院ぐらいでしか授業が行われていなかったので、使われている様子を見る事はあまり出来ませんでした。屋外の緑化された芝生も冬なので当然枯れており、デッキの茶色も紫外線で銀色となり、人がいない事も相まって物悲しい風景でした。それに追い討ちをかけたのはつるつるピカピカだった外部素材の経年劣化です。巨大な硝子やアルミ面は雨だれ等で汚れ、スティールは錆び、クモの巣や落ち葉などが随所にたまったままになっていたりと自然の偉大な力に押されていました。巨大な施設でかつ吹抜けが多いとなると結局メンテナンスが出来ないと言う事なのでしょう。そうなった現在、このシステマチックなまでに制御された美しさは少し輝きを失っており、逆にこのシステムの単調さがとても気になり始めるのです。寒かったという感情も相まってか鉄、硝子、アルミ、コンクリートが持つ表情が以前の奇麗で都会的で明るい近未来的イメージではなく、とても冷たく淋しいと感じてしまったのです。そうなると最後に残るのはもしかしたら今回の設計で山本が切り捨てようと試みた空間のダイナミズムだったり、情緒的な設計者のこだわりなのかもしれないと感じました。キャパスを歩いていると随所に出会う、アートやサインの存在がまだなんだかほっとさせる存在だったのです。


南棟から右端に見える大きなボリュームが講堂です。講堂の舞台が硝子部分側となっており。その硝子が全開します

講堂の前はこのように斜面型の観客席になっており、屋上通路へのアプローチと兼ねられています。

しかし、素材の経年劣化で建築物のコンセプト自体は死なないはずです。実際に学生が利用している姿を見ていないので何とも言えないのですが、どのように大学生や教職員にキャンパスが愛されたり、使用されているのかで最終的な建築の評価はされるのだと思います。愛されているかという部分では残念ながら現地ではその痕跡をあまり感じませんでした。その理由は共用部になにも私物や活動があふれていなかったからです。空間デザインとしての要素が抑圧された規律を持っているので、もしかしたら使用する人がカスタマイズしづらいのかもしれないと感じました。そして肝の部分の「違う学科同士の交流」という事はなかなか確認をすることが出来ませんが、学生や教職員の方々が自然とこの空間で交流が行われていれば素敵だなぁーと想いを残して帰りました。

この大屋根が門のようになっており、下を通ってキャンパスにはいります。スケールが巨大です。

端正な美人といってもよく見ると様々な個性があるはずです。いわゆる大きな建築物の設計に慣れた大手組織設計がこの建物をやればきっともっと無個性で、つまらない建築になっていた事ではないかと思います。よって、もっと深く、永くこの建築に接し、しっかりと味わっていくと山本の情緒や執念、担当所員の汗を感じるのかもしれません。なぜならこの建築が何も感じない無個性建築であるわけないですから。

見学は事前に施設管理担当者に電話かメールで申し込むと丁寧に対応してくれると思います。図書館や大会議室は見せて頂けるのですが、その他の個別教室等は状況次第のようです。舞台の背景が全面オープンになる講堂や体育館も見所ですのでお見逃し無く見学をして下さい。そして学生がこのキャンパスにあふれている天気の良い平日に見学に行く事をお勧めします。突然空から降って来たように郊外に出来た都市的スケールの大学は見ておく価値が十分にあると思います。階段など細部まで神経が行き届いているデティールを間近で見ると、ある種の美学を感じ、関心する事間違いなしですし、更には学生がどのようにこの施設を使っているかを観察すると面白いのではないかと思いますよ。



著者のプロフィールや、近況など。

岡村裕次(おかむらゆうじ)

1973年生、多摩美術大学助手を経て中野区にある建築設計事務所TKO-M.architectsを主宰。
ウエブサイト TKO-M.architects
建築がもつ不自由さが気に入っていながら美術の自由さに憧れるそんな矛盾した建築家です。6月から美術Academy&Schoolから「建築散歩」講座がはじまっています。単発でも参加可能です。建築は見る事からしかはじまりませんよ!

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