今回は「ふじようちえん」をとりあげます。
立川駅からバスで20分ぐらい揺られいくと、周辺に畑があったりするような郊外の中にある私立幼稚園です。モンテッソーリ教育を導入し、園児600人以上という日本で三番目の規模をほこるマンモス幼稚園です。2007年5月の完成後すぐにも見学に行ったのですが、2010年11月にも見学に行ってきました。
4カ所こうして室内が分節されています |
老朽化が進んでいた前園舍を建て替える為にふじようちえん・加藤積一園長の知り合いの建築関係者に設計を依頼していたのですが、プランに疑問を感じ途中で断ったようです。その後その経緯を保育教材の製造販売会社社員に話したところアートディレクターである佐藤可士和に相談してみてはどうか?という事が今回のプロジェクトの発端です。
佐藤可士和がテレビで「デザインの手が入っていない、医療施設や幼稚園のデザインがしてみたい」と言った事でこの保育教材の会社が挨拶に行ったことがつながりを産んだようなのです。設計は佐藤の勧めもあり、
手塚建築研究所(手塚貴晴、手塚由比)が選ばれました。
簡単に設計者の紹介をするといつも青い服を着ているのが手塚貴晴、奥様である赤い服を着た手塚由比が夫婦で主宰している設計事務所です。(子どもさんは二人いて、一人は緑の服、もう一人は黄色の服のようです)
住宅設計を主とし、外部空間と気持ちよくコミュニケーションが取れるような家づくりを得意としています。
ドリームハウスや
情熱大陸などのテレビで取り上げられているので御存知の方もいらっしゃると思います。前回取り上げました石上のように大きなコンペに勝っていくような前衛的なデザインをするというよりも、感性に訴えるような良い空間を作っていく設計スタイルです。このふじようちえんは手塚夫妻にとって
代表作となる事は間違いないと思います。
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奥まで見渡せてしまいます |
とっても大きな園舍です |
では、具体的な建築の概要を説明します。約4800平米の菱形状敷地の真ん中にフリーハンドで描かれた二重楕円平面をそのまま実現し、中庭を抱いた形状の平屋建てです。二重楕円それぞれの中心が一致していないので、室内の奥行きが同じではなく、場所によってすこしずつ変化するようになっています。内周108メートル、外周183メートルは全て木製引き戸(内側75枚、外側99枚)にて開放が出来るようになっており、1年の2/3は開放して授業等を行っているそうです。建物の中にケヤキの木三本を取り込み、内周側の天井高さは2100、外周側は2250として、ウッドデッキで覆われた屋上は内側に向かって緩やかに傾斜しています。中庭の真ん中に建つと屋根の傾斜のおかげで屋上外周部まで見え易くなっており、かつその傾斜によって自然と空間の方向性が中庭に向かうような引力が全体に与えられています。
構造設計者は
池田昌弘で、壁のない空間を実現させています。25ミリ厚の鉄骨柱150φが28本で構造は成り立っており、柱は三角形平面を描く場所に配置されています。つまり梁は三角形平面トラスとなっており平面的には強い構造となっています。
クリエイティブディレクターの佐藤はコンセプトを作り上げ、それを細かな事柄でぶれないように修正をかけ続けていたようです。ロゴはもちろん佐藤のデザインで、幼稚園にてそのロゴTシャツが販売されていました。
2008年建築学会賞受賞していたり、その他数多くの賞を受賞しています。最近では経済開発協力機構OECD加盟33カ国から推薦された166プロジェクトの中から、最多得票にて最も傑出した作品として
選出されたようです。
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木が建築を貫通してます。屋上には木陰が出来、園児にとっては遊具ですね |
室内に木が生えてます |
庇が二メーター程度と深いので、通常の雨なら室内には雨が入りません。そして、若干の水勾配はありましたが室内の床と外部がほぼ同じ高さで連続していました。つまりここでは外と内の境界がないのです。前回の石上のKAIT工房は地面と室内の段差がないのは共通しているのですが質が全く違うと感じました。石上のは「ぽんっ」と置かれており、自立性を高める為かわざと地面と縁を切って隙間が空いていました。逆に今回のふじようちえんは地面から生えているように地面と室内が完全に繋がっていました。建具がほとんど開いているため子供達にとってはどっから外で、どっからが室内かはとっても曖昧になっているようです。
そして建物の中にケヤキの大樹が貫入しているのですが、普通に考えるととても異様な感じがしますよね。しかしそれが当たり前のように全体にとけ込んでいるのです。正に建築という物が空気や木と同じ環境の一部になっている感覚を覚えました。これがきっと手塚建築の真骨頂でして、建築という存在が消えていく事なのかと思いました。
下には排出された水を受け止め、土に浸透させる池のような物があります
ここに腰掛けて全体集会が行われたり、運動会を見たりするわけです。
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建物の構成そのものは単純ですが、ほんとちょっとした心遣いのデティールがキュンと来る感じで作り込んでいます。いくつか紹介するとコルビジェの建物には良く出て来るガーゴイル(西洋建築の屋根樋の吐き出し口に怪物をかたどった彫刻がこの名前の由来でして、樋の最終吐き出し口の事を示します)が設置されていました。雨の日ならではの事で楽しもうという訳ですね。かなりの大屋根なので、大雨のときはまるで放水したようにここから大量の水が流れ出て来る事になると思います。雨を身近に感じる事が出来るきっかけとして幼児にはたまらないと思います。
次は照明です。もう廃盤となりつつあるいわゆる電球(白熱灯)が天井についており、そこの近くに紐が下がっています。そうです、これを引っ張って点けたり消したりできるようになっているのです。使わない時はマメに照明を消すという習慣を生活に取り入れるという意図があるようなのですが、もう一つ壁が存在しない建築なのでスイッチの設置場所がないという事もこの発想が産まれたきっかけのようです。
最後に屋上(屋根)の手摺です。当然ですが園児が落ちないように細かなピッチで縦の桟が入っているのですが、ちょうどウッドデッキに腰掛けて脚が出るサイズとなっています。この写真を見たあなたもここに座って脚をぶらぶらしたくなりますよね。屋根の上にはトップライトなどの障害物がランダムに配置されており幼児にとっては登ったりしたくなるような遊具代わりになっているなど憎い演出が満載なのです。
こうして見てみると佐藤が掲げたコンセプト「園舍そのものが一番のエンタテイメント」が確実に実現されていることは、佐藤の存在もこの建築にとって大きかったのかもしれません。
あらためてこの幼稚園はどうだったかと振り返ると平面形状とか考え抜かれたデティールにも建築的新しさはありません。しかしこの校舎に入ったとたんに手塚ワールドのマジックにかかり、室内を歩き回ったり、屋上ではしゃぎたくなる不思議な雰囲気が全体を包みます。建築を分析してやろうという僕のいやらしい頭を「もっと自然体で行こうぜ」、「体の赴くまま楽しもうよ」と言ってくれているのです。その理由を考えると構成されている要素(柱や壁、素材など)が実に単純なものだけしかないのが特徴だと思いました。深読みさせようという作為的な嫌らしさがなく、純粋にそして晴れ晴れしく、あっけらかんと明るく建築が存在しているという感じなのです。150φの柱は天井まで達しているのですが、あまりにも水平方向に空間が抜けているためか全然気にならなくなっており、構造的な秩序を読み取ろうとする気持ちが薄れていきます。さらには全体が見渡せる程よい規模であるが故に、楕円内部の平面的な位置はだいたいわかってしまいます。よって部分の状況を楽しむ事に力が注がれるのは良いのかもしれません。体育館的な大きな空間がもつ自由さや明るさがこの建築の最大の魅力だと思いました。
緩やかに中庭側に傾斜する屋上には突起した換気扇やトップライトがあり、これも幼児にとっては遊具となります |
素直にこの幼稚園に自分の子どもを入れてみたい、また、自分がこのような幼稚園に通いたいと思えました。楽しく、伸びやかに、自然が好きな子どもになりそうな気がしたのです。しかしもっと考えると、ここで育ったある種天真爛漫な子ども達は卒園し、普通の小学校に通い始めてもその天真爛漫さを保つ事ができるのだろうか?と不安になりました。この幼稚園で与えられている自由さや伸びやかさを平均化された小学校という社会はきちんと受け入れてくれて、更にその良さを延ばすような教育をしてくれるのだろうかという事が無性に気になりました。そして、ある種強制的までにも見渡せ、隠れる事が出来ないという環境は一部の子どもにとってはもしかしたらとても苦痛なのかもしれないなぁーと思いました。
まだ新しい幼稚園ですが15年後に20歳になっている子供達はどんな人になっているか?とても興味を抱かせるそんな素敵な幼稚園でした。
見学方法は
HPに書かれています。二ヶ月に一度ぐらいのペースですが事前に予約をして行くと園長さんの素敵な解説付きで園内を自由に見学させてくれます。園長さんがこの建築を愛しているのがとてもわかり、またかわいい園児が走り回る姿を見れば見学者の気持ちも幸せになる事間違い無しです!