今回からは今まで僕が実際に訪れたことがある建築について僕なりの感想を書きつつ、その建築物の紹介をしていきたいと思っております。どこが建築界では評価されているのかをなるべくわかりやすく書いていくことで読者の方に建築への興味を持って頂いたり、更には足を運んでもらえるきっかけになると嬉しいなぁーと思っています。
では、まず最初に取り上げるのは今や建築界の若手部門でスターになりつつある石上純也の設計したKAIT工房(2008年)です。石上が妹島事務所を辞め、独立して初めて手掛けた建築の仕事だったのですが、いきなり建築学会賞やBCS賞を受賞して建築関係者に高く評価されている建築です。
まずは概要を紹介しておきます。KAIT工房というのは神奈川工科大学の英語名称の頭文字を集めた略で、学生が自由に使える工房です。木工、金工、陶芸からレーザー加工機・モデリングマシンまである製作工房でして、学生達のモノづくりを支えてくれる大学施設です。ロボットコンテストや鳥人間コンテストに神奈川工科大学が出場しているらしく、それらの様々な荷物が置かれていました。特命で石上が設計依頼を受け、長い設計期間があるといった恵まれた環境だった様です。現在は、このKAIT工房の隣に大きなカフェテリアのような建築を設計中のようです。
この建築がなぜ建築業界内で評価されているかというと、「今迄にない新しさ」があるからです。まずは「壁が一切ない」ことです。建築物は地震や風による横力に対抗をするために骨組みをすごく太くしたり、耐震壁とよばれる壁を設置しないと建築は成り立ちませんでした。特に地震国日本では壁は必須と言っても過言ではありません。それがこのKAIT工房では壁が微分され、ものすごく細い柱のみで構造が構成されているのです。平屋で正方形に近い安定した形というのもありますが、今の計算技術、施工技術ではそんな事が可能となって来たのです。具体的にはこの約2000平米の建築面積の中に305本の柱があるのですが、42本が垂直加重(主に重力)を分担し、残りの263本が水平加重(地震や風)を担っています。
普通はあまり気にしないかも知れませんが、私達の周りに壁が一切なく細い柱だけで存在している建築空間は存在しません。そういった意味でこの建築は新しい空間なのです。
更にはこの柱は規則的に配置されていません。当然規則的なほうが合理的であり、コストは抑えられるのですが約2000平米の空間に柱だけしかないのでそれを操作対象として徹底した柱配置・サイズ、角度・色の検討をひたすら石上は行ったようです。実際、柱の種類は同じサイズがほとんどないようです。
具体的には様々な縮尺で模型制作を行い、柱という要素を使って様々な質の空間(通路的な空間であったり、ホール的な空間であったり、閉鎖的な空間だったり)を作り出したのです。何度も何度も模型での検討を繰り返すうちにぼんやりとこの配置しかないというある種悟りに似た地平にたどり着いたような発言をしていました。
どの柱配置や角度が良いかの決定理論を明確に組み立てることで誰にでも「これしかない!」と思わせる方法を検討するのが今までの建築界では一般的でした。しかし、石上はひたすらスケッチを書き続けるように莫大に模型を作りそのなかで感じたことの中から感覚的な「これしかない!」に到達するというのも新しい方法論です。
石上が目指したものは「構造体が細いので空間を規定する絶対的存在ではなくなり、柱がまるで森の中の木や植物のように存在している」という空間です。
また、「外のような中のような空間」を目指し、建物の屋根の約30パーセントをトップライトにして自然光あふれる空間となっています。外壁は三カ所の出入口以外すべて固定されたガラスによって区切られていますが、視覚的には外と繋がっており、外との段差が極力ないようになっています。
以上が、教科書的なKAIT工房の解説です。文章を見るだけで新しい空間に出会えるのではないかと期待感が出てきますよね。まさしく僕もそうでして、期待に胸を膨らませて先月見学に行ってきました。本厚木駅からバスで30分ぐらいとちょいと遠いところにありました。
遠くから見ると非常に透明な空間が「ぽんっ」と置かれています。妹島和世が手がける建築と同じような佇まいです。中に入ると細い柱がバラバラと沢山建っており、向こうの景色まで見渡せる空間となっています。とりあえずうろうろと無意識に動き回ると、柱配置や置かれている物の配置で「ケモノ道」のような通路的空間が出来ていることがわかります。自由に動けると言っても数名で言ったのですが同じ場所を歩いてしまいます。これは強く通路とは認識できませんが意図的に設計されている感じがしました。当然、出入口をつなぐ通路的空間の柱配置は意識されている感じです。
ガラスのボックスが置かれています
地面に置かれている雰囲気で、室内との段差は最小限 |
面白いのがあまり意識せず歩いていると360度どの方向もほぼ景色が同じに見えるという事です。「白く細い柱で視界がちょっと遮られた空間」という特徴はある種個性的で、強烈なためその印象が強く、空間に大きな方向性を感じません。よってこの建築の内観写真だけを見る人にとっては「空間の手前と奥」や、「空間のつながり」がわかりやすくなるような目印はないので、どの方向の写真も同じに見えるのではないでしょうか。
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二枚の写真は全然違うところから撮影していますが何となく同じに見えてしまいますよね |
更にもっと見渡しながら空間を感じようと歩き回ると、同じように見える空間にも空間のまとまりがいくつか存在しているのがわかります。しかし大きなホール的空間に到達する事が予測出来ずに突然やってくる感じなのです。石上が言う「森のような空間」がこの部分では実現されている感じです。確かに森にいくと予測できずそこに到達すると突然大きく空間が広がって、それが見えていたりする事ってありますよね。
先が何となく見通せるけど、多すぎる柱の位置を瞬時に頭で理解できないので景色として流していくと先の空間体験を予測することができないのです。損んことを考えていると目の前に柱があってびっくりしました。これは走ればぶつかるなぁー。
そんな新しい空間体験なのですが、今までの空間体験とは質が違って来ています。見えすぎる空間のため、予測できないので奥に行ってみたいとか、あっち側からの見え方はどんなのだろうとかそういった好奇心や欲求は起きないという欠点もあります。
安藤忠雄建築に見られるような「狭い空間から一気に広い空間へ」、「大きな壁を建てることで奥の空間へ誘う」などという空間のダイナミズムといった要素は一切なく、抽象的な空間の中に微細な差異が埋め込まれているような感じがしました。
次に面白いのが、家具や機械の配置です。通常は壁を背負って配置されるそれらの裏側は無防備でスキだらけです。しかしこの空間には壁は微分された柱しかなく、隠すものがないので立ち位置に困っている感じで「ぽんっ」と置かれています。きっと家具や機械を配置するときは困った事でしょう。直線に並ばせようとするとどこかで柱が邪魔になるので、なんとなく場当たり的に置かれて構成される空間が面白いのです。確かにこの空間では一直線に物を並べるという選択肢が存在せず、使っていく中で配置を模索していきなさいといった環境が与えられています。そんな戸惑いの中何となく配置が今の状態に落ち着いたのでしょう。その状態そのものは見る分には面白いけど、使いやすいのかは見学者の僕にはわかりませんでした。
不思議な配置です |
観葉植物のほとんどが生気がありませんでした
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最後に石上氏の意図で置かれている沢山の観葉植物が気になります。植物に生気がなく、枯れ気味のものが多かったので外の環境に近づけたい設計者の意思を逆に寂しく感じさせました。確かに内にいると全然外にいる感覚とは違うのがわかります。光は沢山入って来ているのですが外周が完全に閉じられ、窓がないので風を感じる事が出来ませんし、巨大なエアコンの冷房が10月なのにガンガンに効かせており、空気は人工的に制御されていました。トップライトは夏にかなり暑いようで、光を遮る為の布がトップライト下に部分的にクリップ止めされていました。外壁のガラスの一部に窓を付ければ良いと思うのですが、きっと石上は抽象性を志向する為に外壁ガラスに窓といったノイズや外壁の方向性を与えたくなかったのでしょう。風が入ってこないというだけでも内と外という区別は圧倒的に存在しているのだと実感しました。
さて、トイレに行こうかと・・・と思ったら、トイレは別棟だというのです。「壁がない建築=トイレがない建築」なんですね。この辺の建築のコンセプト実現の為に機能を犠牲にしている感じがして、設計者の割り切りを感じました。僕も同じ仕事をしているので理解できる部分ではありますね。
最後に新しさという部分では図面があります。このKAIT工房の平面図を見ると変形した四角の中にコピーのときについてしまった埃のように感じてしまうような柱が表記されています。こんな平面図を見ることは今まで一度もありませんでした。こういった意味でも新しさはあるのではないでしょうか?(ただし、本来表記される空調機や分電盤、水道など動かない物も図面から外されているところがアートを意識している感じです。)
この平面図だけで驚異です |
確かに石上のクレバーな思考や獲得した抽象性の新しい空間を頭で感じる事は出来るのですが、その石上の執念や物質感覚は漂白されており、空間の魅力として心震える感じの空間体験ではありませんでした。もしかしたら予備知識なしでいきなりこの空間に出会った人は空間の新しさに気がつかないかもしれません。「知能ゲームが生み出した空間」といったのが僕の感想でした。石上が言う「森のような空間」の要素はうまく抽出されているのですが、漂白しすぎた感じがそこを利用する人々の愛着へと繋がっていかないのではないかと思ったのです。口べたな石上ですが、自然をモチーフにする戦略はイメージとしての好感度を上げるにはすごい役立っているのですが、実際は結構冷たい空間になっているのだなぁーと感じた次第です。
とはいえ、建築を感じるのは五感全てです。ぜひ、僕の書いた感想が本当なのか確かめにKAIT工房に足を運んでみて下さい!他では経験できない新しい空間を体験できることは間違いありません。
見学方法は
HPに書かれています。時間は限られていますがほぼ毎日見学できますよ。