現在東京国立近代美術館で開催中の建築家によるインスタレーション展「建築はどこにあるの?」を見てきました。入場してすぐにある作品を作っているのは中村竜治です。「とうもろこし畑」と名付けられた作品は非常に細かい線材が糊で接着され、それらが連続して大きな立体となっているものでした。鳥の目から見るとその立体は三角形になっているので作品を鑑賞する位置によって線材が繰り返される奥行きが違うため様々な見え方をします。ある角度では線材が密になるので向こう側がほとんど見えず、また違う角度では線材が疎なので、向こう側を見渡す事が出来るのです。先が見えるのですが圧倒的な物質としてのボリュームは目の前にあり、見通す事が出来ても行く事は出来ません。遠くから見ると大きな塊なのですが、近くで見ると実体があまりないような気がするというまるで「雲」のような作品でした。
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その中村が以前勤務していた設計事務所は青木淳という建築家が主宰している事務所です。私が思うのはこの「青木淳」が最近の美術と建築を近づける大きな役割の一部を担っていると思っているのです。
今までの建築家は「商業建築」を積極的には手がけてきませんでした。商業施設では最大限の床面積が求められ、何か間取りを提案出来るような余地はありません。求められるのは人目を引きつけるような装飾としてのデザインであり、建築理論や思想を投影したり、新しい空間を作る事が出来ないと考えられていたのです。特に海外有名ブランド店舗建築の場合はインテリア設計をブランド専属のインテリアデザイナーが手がけ、外部空間だけを建築家にゆだねるというスタイルのため「時代にあった目立つ箱だけ作って欲しい」といった要求は硬派な建築家にとっては断るべき仕事であったのです。
青木淳はその商業建築に積極的に関わって行き、ファサード建築と言われるような流れを作った建築家の一人でした。建築を組み立てるテーマとして内部空間をその対象から外し、外部と内部の境界表面(ファサード)でなにか新しい表現が出来ないだろうかという模索をし始めたのです。その手法としてはモアレ等の視覚的現象や上記中村作品のような小さくて同じものをひたすら並べるなどの行為を建築ファサードに持ち込みました。これらはトリックアートのような観点など、現代美術的な手法から大きなヒントを得て建築に展開していると僕は考えています。視覚的現象を用いた美術作品や新しい表現手法を模索する現代美術作家は沢山存在している中、建築家ではそういった事を考えている人は居ないに等しかったのです。
現代美術に於いての評価基準の一つに「新しい事は良い事」というのがあると思います。意味や目的があるかないかに関わらず「普通ではない事が新しい価値観を創造するのではないか?」という疑問を我々に提示する事だけでも美術では有効ですが、建築では長い年月残り、巨大で誰の目にも触れるものとして作るのでその動機だけで建築を作る事に対して評価がされてきませんでした。特に公共建築であれば税金で作るのでなおさらです。青木はその重い建築に鋭く切り込み、現代美術的な側面からアプローチをしてファサード操作で建築を作るという手法を提示したのです。つまり商業建築と建築家の新しい関わり方が産まれ始めたのです。
美術は商業と絡んだり、街に出て行ってワークショップをしながら美術や地域再生を市民と一緒に考える契機となったりして身近な存在になる中、建築家は社会性という大きなものを背負うべきだと教育を受けて来たため気軽に面白い事、自分の興味ある事だけを追求して建築を作る事は否定されてきました。
しかし、その「たが」を商業建築がきっかけに青木氏が外し始めた事で建築の硬いイメージが変容してきたのではないかと思うのです。フォトジェニックに設計された商業建築は難しい解説も不要である事から建築を取り上げない様々なメディアも興味を示し始め、ポピュラリティーを確保し始めていったのです。建築家がいままで積極的に手がけていた公共建築の仕事が大幅に減少し、元気な民間企業の店舗建築を建築家が手がけ始めたという時代背景も建築に対する考え方が変容する大きな理由なのかもしれません。
こうして商業建築では重い社会性を持ち出さないで、視覚に特化して建築を作り上げる手法が確立しました。ファッション雑誌を始め様々なメディアに建築が取り上げられやすくなり、若手建築家や学生が影響を受けその流れに追従し始めました。それを証明するように最近活躍する建築家は視覚的表現に興味があったり、小さな事象に執着する能力がある美大出身者が多いのです。例えば中山英之、石上純也等です。今までの有名建築家というと総合力がある工学部出身者が多く、美術大学出身の建築家はほとんどの場合異端児的な存在だったのです。
表参道。銀座を始め現代美術的な手法が建築に取り入れられたフォトジェニックでかわいい商業建築が沢山街に建ち上がり始めました。それらが一般雑誌に掲載され始めてくると住宅を作ろうというクライアント世代にも刺激を与えます。コムデギャルソンの洋服のようにちょっと変わった表現を住宅に求めるクライアントが増え始め、それを実現する若手建築家という需要と供給が成立し始めたのです。かわいい表現、装飾も出来る器用になった若手建築家はラッピング的な要素が強いインテリア業界からお呼びがかかる事になっていたのです。
(「ファサード建築」って例えばどんな建築だろうと思った人は、青木淳の作品の「LOUIS VUITTON」を見てみて下さい。若手では青木淳のもとで修行し、独立をして活躍する建築家の中村竜治を始め乾久美子、永山祐子などの作品を見てみて下さい。デパート一区画のインテリア設計の仕事も多く、建築設計の仕事では視覚に訴えるような作品を作っている事が感じられると思います。)