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美術散歩


発展を期したい「新世代への視点2011」展

TEXT 菅原義之

 
 毎年真夏に開かれる参加画廊11軒からなる「新世代への視点2011」展が今年も開催された。暑い中なので取り急ぎ銀座・京橋の画廊10軒を廻った。因みにもう1軒は世田谷区等々力のgallery 21 yo-j である。この企画は各画廊が推薦する40歳以下のアーティストの作品展で、若手育成を目途に開催されているようだ。期待していたので初日に廻ったが、昨年同様今年も面白い作品が何点か見られた。紹介しよう。


病からあなたを想う
蕁麻疹(慢性例を除く)、湿疹・皮膚炎群の急性期及び急性増悪期、薬疹、アレルギー性鼻炎のあなたへ
薬、カプセル、テキスト 8×8×7.6cm 2010


「狭心症のあなたへ」   2011  
ワイシャツ、糸、薬、テキスト    41×59×5cm 
 
 大久保 愛(於 ギャルリー東京ユマニテ)
 あまり大きくない作品が何点も展示されていた。どれも多数の錠剤や粉薬を入れるカプセルを使っている。何だろうと思う。配布された簡単な図録に大久保のコメントがあった。
 「人は無意識にあるいは意識的に痕跡を残す。それらはその人の身体の一部のようでもあり吐息のようでもある。私はそれらを拾い集める。残された薬の殻・・・私には宝物のようである。なぜならそれらをもとに私はあなたを想い妄想し生きたまま自分の檻の中に閉じ込めるのだから」と。
 これが大久保のコンセプトだろう。この考えに基づいて作品が制作されているようだ。つまり街中で拾った薬の殻からその薬を調べ服用している人物をイメージしながら作品を構想する。次にその薬を購入しそれを使って作品へと仕上げる。これが制作のプロセスのようだ。作品の展示と共に「拾った日時、場所、薬の名前、成分、区分、効能」が併記されていた。写真上は「2009年5月25日9時、JR神田駅発券機前、セレスタミン配合剤、セレスタミン、副腎ホルモン・・・、蕁麻疹(慢性例を除く)・・・」である。写真下は心臓の薬のようだ。心臓部分に錠剤が見える。その他作品は20点くらいあっただろうか。全てこのコンセプトで制作されていた。薬の種類や特徴などを盛り込んでいる。薬の殻ってどこにでも落ちているものだと驚いたが、ここに目を付けた着想の面白さに感心した。

(手前立体作品)
Janus - outlet / inlet
岩塩、糸、針、ガラス、鉄、他 h183 x w55 x d55 cm 

(壁面作品)
Janus - disappear  / appear
アクリル、グラファイト、綿布 227.3 × 181.8 cm

 
 小川浩子(於 ギャラリーQ)
 室内には2つの展示物が離れて置かれていた。一つはガラスの上に岩塩の山、もう一つは鉛筆の芯でできた釘のようなものの山。岩塩の方はユリの雄しべ、もう一方はユリの雌しべを想像しているようだ。それぞれが置かれたガラスの中央に小さな穴が開けられ、そこから下に一本の糸が吊るされている。雄しべ側の先端には針が吊るされ、めしべ側の先端を辿ると白い綿の入ったガラスの容器に繋がっている。糸を上にたどるとそれぞれ一つの岩塩(雄しべ)、一つの鉛筆の芯(雌しべ)にたどれるそうである。つまり多くの中から選ばれた雄しべ、雌しべに糸が巻かれているそうである。展示が終わると選ばれた雄しべと雌しべをこのガラスの容器に収納するという。アダムとイブを想像しているようだ。壁を見ると岩塩(雄しべ)の山側には雌しべ(鉛筆の芯)で描かれた黒い大きな絵画が掛けられ、もう一方雌しべ(鉛筆の芯)側には岩塩(雄しべ)で描かれた白い絵画が2点掛けられている。愛の結晶をこのような形で表現しているのかもしれない。かなり手の込んだ作品だが岩塩の山、鉛筆の芯の山などは一本一本の仕上げ方の繊細さや落ち着いた色彩など彫刻作品として見事。周りの絵画との関係、床一面の鉄板の設置など雌しべ雄しべの一体性を示しているようだ。素晴らしい作品だった。


Janus - inlet / outlet           
グラファイト、糸、ガラス、鉄、他 h78 x w115 x d57 cm

「地の記憶」制作年:2011 素材:パネル, 麻紙,膠,岩絵具,箔 サイズ: 200×1680cm


連続する風景(12) 2011年
素材:顔料、画仙紙 サイズ:175x540cm


 
 濱田樹里(於 コバヤシ画廊)と瀧田亜子(於 なびす画廊)
 この2人の作品は後になっても気になっていた。対照的に思えたからかもしれない。
濱田の作品は、階段を下りて部屋に入った途端圧倒されるようだった。赤と黒が目立つ巨大な絵画である。花をイメージして描いているように思える。具象絵画のようでもあり抽象作品とも思える。具象抽象はどうでもいいことだが、“躍動感”とか“迫力”とか“生き生きした様子”が読み取れる。タイトルは《地の記憶》(2011)。画廊内の2面に展示されていたが一つの作品であろう。大きさ200×1680cm。岩絵具を使って描かれている。見事な勢いのある作品だった。小作品も別室に展示されていた。同様に感じられる。これが濱田の持ち味なんだろうと感心しながら見た。
 一方瀧田の作品は、大きな絵画が4点展示されていた。どれも一見地味な抽象作品である。しかし色合いが素晴らしい。落ち着いた何とも言えない渋みが伝わる。最近は抽象絵画を見ることが比較的少なくなったが、抽象の典型のように思えた。書画用の画仙紙に顔料で描かれている。瀧田のコメントによると
 「海の色や匂い。波の高さや形。風の強さや音。日々出会うものの感触を紙の中に物の手ざわりを残して、とどめたい、と思い作品にむかっている」と。
 そういえば海そのものをイメージできる作品もあった。作者自身が海に漂っているのかもしれない。落ち着いた惹かれる絵画だった。
 後になって思うが、濱田の作品は具象絵画なのに抽象的に思えるし、瀧田は抽象絵画なのにコメントを見ると海を描いているようだ。まるで逆のように思える2作品に巡り合えた面白さを改めて感じた。濱田の作品が赤と黒を使った強い色彩と大胆な構図が感じられるのに対して瀧田の作品はグレーとかブラウンなどを使って落ち着いた色彩が伝わりこれも対照的。濱田の作品は見た途端圧倒されるのに対して瀧田の作品はじんわりした渋みに取り囲まれる。これも対照的である。両者とも異なった魅力がある。こんな感じを味わえたのは暑い中を歩いた褒美だとつくづく思った。

「FUKUYAMA」可変(台座 H12×W458×D151mm)アクリル絵の具、墨、水張りテープ


 
 堀 藍(於 ギャラリーなつか)
 版画が何点も展示されていた。いずれも画面にほんのちょっとだけ人物やほかのものが描かれ、あとは余白だろうか何も描かれていない。ゴルフをやっている風景もある。いずれも人物が小さく描かれ異様な作品に思える。何かきっかけを掴もうと手がかりを探した。目を転ずると棚の上に立体の小作品が展示されていた。人物が数人何やら大きな箱を運ぼうとしているようである。小さい人物が大きな荷物の間にいる光景はなぜか面白い。アンバランスの面白さかもしれない。そう思ってもう一度版画を見た。小さな人物も頻りに何やらをやっている姿は異様だがやはり面白い。一見気がつかないがやはりアンバランスなのか。“ずれ”の表現と言えるかもしれない。“ずれ”の表現って面白いし好きな範疇だ。最近の傾向の一つといえるだろう。これで分かったと自分なりに納得。急に親しみを感じた。立体作品との視点の往還が親しみやすさに拍車をかけたようだ。


「MATO」 ed.10 H715×W995mm エッチング、アクアチント、雁皮刷 2011


 このほかにも面白い作品が何点かあった。角 文平(於 GALERIE SOL)は1.5メートル以上の鉄筋の林立するその先端にそれぞれ小さな家が乗っている作品とか、壁面から飛び出している金具の先端に家が乗っているものなどである。コメントから推測すると際限なく上に延びる現代の都会住居を批判的に表現しているのかもしれない。また、稲垣真幸(於 Gallery K)は釣りが好きなんだろう。釣りに行った時の風景を描きとめておきそれから作品を制作するようだ。風景を描いているうちに抽象に変貌していくのかもしれない。多くの抽象作品が展示されていた。
 参加画廊は全部で11軒だが、今回回った10軒に限って見ると絵画が4点、版画が1点、彫刻が4点、映像が1点だった。アーティストの年代別では70年代生まれが5人、80年代が5人で同数。ある画廊の話では90年代生まれも活躍を始めたとか。そうであろう。また、女性が7人で男性3人。gallery 21 yo-jを含めると女性が1名増える。女性の活躍が目立った。このところ5回ほど続けて見ている。今後それぞれのアーティストの活躍とこの企画の発展を期したいものである。
 
著者プロフィールや、近況など。

菅原義之

1934年生、生命保険会社退職後埼玉県立近代美術館にてボランティア活動としてサポーター(常設展示室MOMASコレクション作品ガイド)を行う。

ウエブサイト アートの落書き帳

・アートに入った理由
リトグラフ購入が契機、その後現代美術にも関心を持つ。

・好きな作家5人ほど
作品が好きというより、興味ある作家。
クールベ、マネ、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、ポロック、ウォーホルなど。


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