タペストリーは、壁面に展示された作品すべてで“襞”が目立っていた。アナツイは彫刻家である。作品をピタッと壁面につけるのではなく“襞”の凹凸をつけることによって、立体である彫刻として提示しているようだ。この“襞”に光があたりあちこちに凹凸の見えるところが彫刻そのものを表していて大事な部分、見どころのようだ。この点を加味すると模様の美しさと併せて一層輝いて見えた。
第3章「創造のプロセス」
アナツイは作品制作に至る思いついたアイディアをノートの切れ端にすばやく書き留めるそうである。ここではデッサンの他にドローイングやアクリル絵具で描かれたアナツイの小作品が紹介されていた。これらが最終的な作品に至るプロセスなのだろう。中でも注目されるのは、共同作業のシステムである。ここでは常に5〜6名、総勢で20人ほどの助手が働いている。空き缶や空き瓶の蓋を集めて穴をあけ銅線でつないでいく、また、アルミのシールを縫い合わせたりしている。パーツの制作である。出来上がったものは保管し、アナツイの指示でパーツを組み合わせて作品にする。この流れがビデオで紹介されていた。巨大なタペストリー制作プロセスが分かり納得。面白かった。
第4章「作品の背景―社会、歴史、文化」
西アフリカは織物や染め物の宝庫だそうである。アナツイの作品のヒントになったアフリカの織物「ケンテクロス」や「アジンクラ」を模様としてあしらった布が展示されていた。「アジンクラ」とは抽象的な記号で、もとは綿布に型押しされて染め布として流布し、主に儀礼の際の衣装として用いられた。今ではデザインとして生活のいろいろな面に使われているとのこと。また「ケンテクロス」も単なる実用品ではなく、儀礼的、象徴的な意味を持つ布だそうである。「アジンクラ」、「ケンテクロス」は日本では見られないこの地特有の素晴らしい布である。これがアナツイのタペストリーの原点であろう。ここでも生活、習慣などに関する映像が流れていた。
現代の美術作品はかなり多様に展開している。廃棄物を再利用して想像もできないような作品に仕上げる考え方はこれまでにもいろいろ見られたが、アナツイは瓶のふた、瓶のラベルなど廃棄物そのものを想像すらできないような素晴らしい作品に変貌させてしまう。決してこれまでの考えに準じているのではなく、アフリカの産品とか習慣の中からアナツイの明敏な発想が見てとり、生み出したものであり、この発想こそ独自な創造の世界だということができるだろう。ここが素晴らしいところで、だからこそまさに現代の美術の真っただ中に厳然と位置しているといえるだろう。最前線のアート。世界で注目される理由はこんなところにあるのかもしれない。
グローバル化が進む中で、最近は美術の分野でも必ずしも西欧的価値観にとらわれることなく広く世界に視野を向けた展覧会が開催されてきている。この2〜3年を見ても「トランスフォーメンション展」(東京都現代美術館)、ウイリアム・ケントリッジ展(東京国立近代美術館)、AI WEIWEI展(森美術館)、「チャロー!インディア:インド美術の新時代」展(森美術館)、「ネオ・トロピカリア:ブラジルの創造力」展(東京都現代美術館)、「アヴァンギャルド・チャイナ」展(国立新美術館)などがある。ここではそれぞれの持つ「国柄を表したもの」「土着的なもの」などがソフトに披瀝されていた。それらはあくまでもローカルなんだろうか。否であろう。グローバル化時代を反映して西欧的価値観にとらわれることなく、世界に目を広げるといろいろ見えてくるものがある筈。西欧諸国に移住せずあくまでもアフリカに在住しながら制作し提示するアナツイはその典型例のように思えた。凄い。