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ベルリンアート便り
   
  ベタニエン外観。ベタニエンの他に、クロイツベルグ地区の運営する展示スペースと子供向け音楽学校も入居している。


ベルリンアート便り 第二回
K殤stlerhaus Bethanien(キュンストラーハウス ベタニエン)

 海外で盛んなアーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)。今回取り上げるキュンストラーハウス ベタニエン(以下、ベタニエン)は、70年代からAIRを行っている先駆的なアートセンターとして世界的に知られている。

AIRは制作に専念できる
貴重な期間

ベタニエン前の広場。ベルリンは緑が多い。

 ベタニエンは、19世紀末に建てられた元病院の建物の中にある。この建物は、病院としての機能を終えた1974年、舞台演出家であったミヒャエル・へルター氏によって、ダンス、演劇、ビジュアル・アートなど様々な分野のプロジェクトを行い、それらが互いに交感しあうことを目的としたオルタナティブなアートスペースとして第二の生命を受けることになる。開館当時より、展示スペースに加え、工房とスタジオを併せ持ち、世界中からアーティストを招き滞在制作を可能にするAIRの機能を担っていた。開館から三十余年、現在まで30カ国600名以上ものアーティストが訪れている。1993年より、国内外のスポンサーから助成を受けながら、他国の文化機関と連動して行う現在のAIRシステムに着手する。近年はビジュアル・アーティストが主な対象となっている。ベタニエンは、AIRの他、若手キュレーター育成プログラム、美術批評誌『be』や本の出版、メディア・アートの研究会、展覧会やイベントなども行っている。

 2005年よりプログラムを担当するバレリア・シュルテ=フィッシェディックさんに話を伺った。

 

Q.日本人の作家はどのように応募すればよいのでしょうか。

A.このプログラムは公募制ではありません。わたしたちは、オーストラリア、ノルウェイ、スウェーデンなど多くの国のアート・カウンシルと提携を結んでいます。その機関で選定されたアーティストの中から、我々を含む審査員が、ベタニエンにふさわしいアーティストを選定します。残念ながら、日本とはこの提携を結んでいません。しかし、常時、作品ファイルなどは受け付けています。審査を通った作家には(レジデンスの)推薦状を書きます。それを通じて、何らかの奨学金を得ることができた場合にのみ、このプログラムに参加が可能です。これまでに、ポーラ美術振興財団と文化庁の奨学生を受け入れました。現在、2009年までスタジオに空きがない状態です。

Q.プログラムの具体的な内容を教えてください。

A. 全部で17のスタジオがあり、アーティストは6ヶ月〜12ヶ月間滞在します。年間2回のオープンスタジオと1回の個展を行なうことができ、その間、キュレーターやギャラリストによるスタジオ訪問が頻繁にあります。また、木工、金工、印刷の工房、映像編集機材もあり、技術者も常駐しています。

Q.アーティストがレジデンス・プログラムに参加するメリットは何ですか?

A.私はAIRを、芸術系の学校で学び体験することとは異なる重要な期間と考えています。ギャラリーや美術館とも全く違うシステムです。彼らは一年間、資金面での心配もなく、市場を気にすることもなく、純粋に自身の制作に集中できます。自分の国では会うことのできない多くの人々とコミュニケーションが取れますし、作品について様々な反応を得ることができます。スタジオ訪問では、ここ数年、新しいアーティストを探しにくる若いキュレーターが多く訪れます。ここでのレジデンス後、彼らは多くの場所で作品発表の機会を得ることもできます。他国でのグループ展への参加や、個展の開催、最近では光州、イスタンブール、シンガポールビエンナーレなど大型国際展の参加依頼もありました。また、工房には様々な機材がそろっており、技術者もいるので新しい方向性を模索することも可能です。レジデンス・アーティスト同士の交流も盛んで、彼らはレジデンスが終った後も、情報交換やコラボレーションを行うなど良い関係を保っているようです。遠い国からベルリンへ来るアーティストたちは、異文化を通して自身のアイデアを広げることができるのが、最も大きなメリットだと思います。

Q.もちろんプログラムには良い点もたくさんありますが、不慣れな土地で制作をすることは時に困難も伴いますよね?

A.そうですね。知らない国で知らない言葉で生活するのは容易ではないし、材料一つ揃えるのにも時間がかかります。また、協調性、責任感、状況にコミットメントしていく能力なども必要とされます。しかし、だからといって制作が上手くいかなかったと言ったアーティストは一人もいません。もちろん人にもよりますが、三ヶ月もすれば慣れるようです。大変な面もある分、充実した一年になっているはずです。

Q.あなた自身は、アーティストがこのプログラムを経てどうなることを望んでいるのでしょう?有名になることでしょうか?

A.もちろんそうですし、作品を作り続けてほしいです。でも、市場に左右されないでほしいと願っています。アーティストのキャリアにおいて、やはりある程度の波はあると思います―今は実力が認められ安定していても、やがて下火になったり、また回復したり…。もちろん、やればやるだけ状況は良くなる場合もあります。彼らには可能性があります。しかし現在は、たとえ大きな国際展に参加して名声を得ても、満足した収入を得ることができないという状況が多々起こっています。画廊がつけば、もう少し自由もあって資金的にも楽にはなりますが、皆それが可能かといえば、そうではないのが現状です。

Q.ベルリンの財政状況など、資金面での問題はありませんか?

A. 州の財政状況は厳しくなってきています。ベルリンには本当に沢山の文化組織がありますし。美術館など大きな施設を持つところは、きっと充分な額を得ていないと思います。ほとんどの文化組織は、プロジェクトを行うために助成金の申請をし、財団からの援助を受けています。私たちもその援助がなければ、AIR以外の展覧会ができません。しかし、私たちは恵まれた状況にあると思います。施設もそれほど大きくありませんし、パートナーや企業スポンサー、パトロンもついています。プログラムにかかる費用は、企業スポンサーと各国の提携機関が受け持っています。


バレリア・シュルテ=フィッシェディックさん
スタジオが並ぶ
開放感のあるスタジオ
カナダから来ているアーティストのHadley + Maxwell「レジデンス終了後も、しばらくベルリンで活動するつもり。」
展覧会の臨時スタッフのクリスチャン・シンドラーさん。去年、大学で社会学を専攻しながらインターンとして働き、今回この職を得た。
オフィスは個室でも、ドアを開放して。

建物内部の装飾も美しい

最も大きな展示スペース(640平米)は元チャペル。写真は、Dellbruegge & de Mollによるインスタレーション。

ホワイトキューブの展示スペース(150平米)。写真は、Lynne Marshによる映像作品。

アート主導のアート組織


 AIRにおいては、アーティストが普段と異なる環境で生活し、様々な経験をすることによって、作品に深みが出るという考えが大前提となっている。
もしそうであるならば、短期間ではあるが、アーティストに場所と機会と経済的な保証を与え、作品制作に集中することを可能にするこのベタニエンのプログラムは、純粋にアーティストをサポートするために必要なものであると考えることができる。彼らが、積極的にキプロス共和国やブラジルなど、年々新しい国との提携に取り組んでいることに比べ、日本のアーティストに同様のチャンスを与えられないのは少し残念に思う。
 AIRの意義や方向性は、地理的条件や状況によってずいぶん異なり、提供できるものも異なる。日本では特に、自治体主導で行われ都市計画と深く結びついたものが多い。ベタニエンは、ベルリンという都市のもつ利便性や魅力という点からして、充分に滞在するメリットがあると考えられる。レジデンス・プログラムに関しては今のところ特に問題もないと考えている彼らには、この状態をいかに維持し、国際的なネットワークを広げていくことが課題なのかもしれない。
 
 
 
☆次回は、レジデンス・アーティストのインタビューを掲載します。
   
     

基本情報
名称:
キュンストラーハウス ベタニエン
住所:   Mariannenplatz 2,D-10997 Berlin, Germany
電話:   +49.30.61.69.030
Eメール:   info@bethanien.de
ウェブサイト:   www.bethanien.de/

著者のプロフィールや、近況など。

木坂 葵(きさか あおい)

1978年生まれ。神戸大学文学部卒業。
在学中よりNPO法人大阪アーツアポリアにてコーディネーターとして勤務。その他、関西を中心に美術の裏方業務経験を積む。
2006年10月よりドイツ・ベルリンに滞在中。

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